嶋田 正和
嶋田正和氏は実験系個体群でカオス理論を厳密に検証した研究などで顕著な業績をあげています。それに加えて、氏の余人に代えがたい生態学への顕著な貢献はその啓発活動にあります。日本の生態学における現在標準的な教科書である「動物生態学(新版)」を共著で執筆したほか、本学会の教育委員長を長らくつとめ初等中等教育に現代科学のエッセンスを反映させることに尽力し成功してきました。また、本学会や関連諸学会において多くの委員をつとめ、多数のシンポ等の企画に加え、高校生ポスター発表・賞の設立と運営も行っています。さらに、多忙の中Evolve等のメーリングリストでも積極的に発言し、国内での生態学に関する議論を活性化させるなど、国内における中心的な啓発家の一人となっています。また、多数の学生を育て、その中で得られた成果は、PNAS, J. Anim. Ecol, Advances in Ecological Research, Evolution, Proc. Roy. Soc. B、など著名誌を中心に多数掲載されたほか、11の著書、21の総説などを執筆しています。
以上のように、嶋田氏は日本生態学会の運営および生態学の発展に大きく貢献されました.
参考文献:Kristoffersen et al.(2001) J. Anim. Ecol.; Kondo et al. (2002) PNAS.;
Kobayashi, Tanaka and Shimada (2003) Evolution; Tuda and Shimada (2005) Adv. Res. Ecol.;
Kato et al. (2010) Mol. Phylogenet. Evol.
難波 利幸
難波利幸氏は、2005年の大会企画委員会の発足にともなって委員長に就任され,3大会連続して大会の責任者を務められました。大会企画委員会の設置は,大会規模の拡大にともない従来の実行委員会形式を抜本的に改める大会運営の大改革でした(その経緯は日本生態学会誌 56:252-257 (2006) に掲載されている)が、その発足に当たって大会を準備するという難事業に献身的に取り組まれました.難波さんのリーダーシップなくしては企画委員会の活動を軌道に乗せることは難しかったと思います.その他にも様々な委員を歴任され、日本生態学会の運営に大きく貢献されています.
研究においては,難波さんは,数理モデルを用いて複数種の共存条件,食物網の安定性など群集生態学上の重要課題に先進的な研究成果をあげ、一連の研究は、Oikos, Ecology, Theoretical Population Biologyなどに発表されております。また,群集生態学の理論研究を展望した多くの解説書を執筆され,生態学の普及にも大きく貢献されています.
以上のように、難波氏は、日本生態学会の運営のみならず,生態学の発展にも大きく貢献されました.
参考文献: Nakazawa et al. (2010) Oikos; 難波利幸.(2009) 『生物間ネットワークを紐とく』京都大学学術出版会 pp.1-47; Namba et al. (2008) Ecological Complexity; 難波利幸. (2005) 日本生態学会誌; Tanabe and Namba (2005) Ecology; Namba and Hashimoto (2004) Theoretical Population Biology.難波利幸. (2001).『群集生態学の現在』京都大学学術出版会 pp. 93-122; Namba and Takahashi (1993) Theoretical Population Biology.
鷲谷 いづみ
鷲谷いづみ氏は、日本生態学会会長をつとめたほか、1996年には保全生態学研究会を結成し、「保全生態学研究」の発行を行うなど学会の運営に大きく貢献しています。また、日本学術会議会員(現第二部幹事)をつとめ、行政や社会に対する「生態学者の発言」を積極的に行ってきました。啓発活動にも積極的で、保全生物学の標準的教科書である「保全生態学入門」(共著)をはじめとした和文教科書や単行本を多数出版し、環境問題における日本のオピニオンリーダーの1人になっています。研究においても基礎研究と生物保全や生態系修復に関する応用研究の双方において顕著な成果をあげ、絶滅危惧種の特性と現状を、繁殖生態学、生理生態学、集団遺伝学の手法を統合的に採用した一連の研究は、Plant & Cell Physiology、Journal of Ecology、Oecologia、Functional Ecology、 Biological Conservationなどの著名誌に多数論文掲載されています。
以上のように、鷲谷氏は日本生態学会の運営および生態学の発展に大きく貢献されました.
参考文献: Matsuzaki et al. (2009) Oecologia, Ishihama et al.(2006) Journal of Ecology. Washitani et al. (1997) Biological Conservation; Washitani et al. (1994) Journal of Ecology. Washitani and Masuda, (1990) Functional Ecology.
松本 忠夫
松本忠夫氏は、1996年〜1998年までの3年間にわたり、日本生態学会幹事長を務められました。また、全国委員,編集委員などを歴任されるほか,生態学会が50周年を迎えた時には、50周年記念事業委員長も務められました。とくに将来計画専門委員会のメンバーを長く務められ、日本学術会議の会員や連携会員として
第18から現在の21期に至るまで、生態科学分科会委員長などを務められ、他分野・他学会との連携および日本学術会議などの動向や科学技術政策の動きを学会に伝える点で大きな役割を継続的に果たされてきました。また、学会が、生態学事典を発行した際には、その編集者の一人としてとりまとめで大きな役割を果たされました。
この間、シロアリの森林生態系内での役割に関する研究に続き、シロアリを中心とした社会性昆虫の進化を生態学の観点から見る研究を推進され、東京大学においては、学生・院生の教育に力を注ぎ、松本氏の研究室から多くの研究者が輩出しています。また、他の研究室や他の大学に所属する研究者にも暖かく接されることには定評があり、若手からも“松っちゃん”と親しまれて、広く後進の激励と指導にあたってこられました。
以上のように、松本忠夫氏は、日本生態学会の運営のみならず、動物生態学、進化生態学の発展にも大きく貢献されました。日本生態学会功労賞にふさわしい方として推薦致します。
中根 周歩
中根周歩氏は、2002年〜2005年までの4年間にわたり、日本生態学会幹事長を務められました。この間、会員数の増加にともなう事務量の増大に対処するため、事務局の固定化に向けた土倉事務所との契約や電子化の推進など、多数の改革に取り組まれ、現在の運営体制の基礎を固められました。また、Ecological Research誌出版業務の契約交渉などを通じ、学会の財政状況の改善にも取り組まれました。これ以外に、1993年〜1995年の3年間、和文誌編集委員長の重責を担われたほか、全国委員を6期にわたり務められるなど、日本生態学会の運営に多大な貢献をされました。また、2000年〜2001年と2006年〜2007年の2期、日本生態学会中国四国地区会長として、地区会の発展にも大きく貢献されました。
この間、温帯林や北方林をフィールドに、森林生態系の炭素循環プロセスに関する一連の研究を精力的に進められ、モデルを用いた土壌炭素フローの解析など通じて、生態系生態学、森林生態学の分野で大きな成果をあげられました。また、リモートセンシングによる森林衰退の把握やその原因究明、森林の保水機能の評価などの応用生態学の分野でもさまざまな研究を行い、現在も環境問題の解決に向けて精力的に活動されています。また、広島大学においては、国内外の多くの学生の教育に力を注ぎ、後進の指導にあたってこられました。
以上のように、中根周歩氏は、日本生態学会の運営のみならず、生態系生態学、森林生態学の発展にも大きく貢献されたことから、日本生態学会功労賞にふさわしい方として推薦いたします。
藤井 宏一
藤井宏一氏は、日本生態学会英文誌編集委員長として1993〜1996年のあいだEcological Research誌の編集にあたられました。藤井氏が編集委員長を努められた時期は、Ecological Research誌が国際誌として飛躍的に発展するための基盤が整備されつつあった時代です。掲載される論文の質を高めなくてはならない一方で、定期的に一定数の論文を掲載して行かなければならないような難しい時期に編集委員長の重責を負っていただきました。藤井氏が編集委員長を努めていた時期に発行された3年間のEcological Research誌は、毎年コンスタントに10ページ以上も増加していきました。
研究の上では、実験個体群をもちいて個体群動態のモデル化と実験生態学の確立に尽力されました。とくにアズキゾウムシとヨツモンマメゾムシの個体数動態の解析・モデル化など、一連の研究は個体群生態学の発展の契機にもなっています。また豆の毒性とマメゾウムシの食害可能性の「食う−食われる」実験解析もなされ、その後のαアミレース・インヒビターの発見につながりました。共通する研究スタイルは、実験個体群動態・数理モデル解析・コンピューターによるシミュレーション解析・野外における「食う−食われる」の系統解析などで、すべて藤井氏が手がけた方向性を発展したものといえます。
研究以外でも、生態学や個体群生態学、生物統計学に関する重要な教科書の執筆や翻訳を通じて大きく社会に貢献されています。
教育の上では、筑波大学において多くの研究者の育成に携わられ、輩出された多数のすぐれた生態学者は現在の日本生態学会を担う一流の研究者になっています。
以上のように、藤井宏一氏は日本生態学会の運営だけでなく、日本での生態学の発展と普及に力を尽くされてきたことから、日本生態学会功労賞にふさわしい方として推薦いたします。
西平 守孝
西平守孝氏は、1993〜1995年までの3年間、日本生態学会幹事長を務められました。また、その他にも全国委員、東北地区会長を歴任され、2002年に開催された日本生態学会第49回大会では大会会長の重責を担われました。幹事長時代には、当時Ecological Research誌の出版をBlackwell Scientific Publicationsに移行した直後であっただけに、故大島会長を補佐し、その契約交渉にあたられ、現在の英文誌出版の基礎を固められました。同時に、会員管理関係の業務の委託先であった土倉事務所との契約内容の整理に関してもいろいろとご尽力なされました。大きな学会として発展を遂げつつあった日本生態学会の、あるべき事務局の姿を整えられたのは、影の力とはいえ、大きな功績として特筆できます。
この間、ライフワークとして、沿岸浅海域生態系の生物群集の研究を、サンゴ礁、海草藻場、マングローブ湿地をフィールドとして進められ、特に生物群集における多種共存維持機構の解明をめざす中から、棲み込み連鎖仮説を提示し、生物による生息場所構築の重要性を論じられました。また、多くの著作の中でも「日本の造礁サンゴ類」は、日本におけるサンゴ研究の基盤を確実にしたものとして評価されています。このように、日本では数少ない海洋生態学者の1人として活躍なさるとともに、日本生態学会以外にも、日本ベントス学会や日本サンゴ礁学会等で要職に就かれるとともに、学術審議会専門委員や自然環境保全審議会委員等も歴任されました。
以上のことから、西平守孝氏は、日本生態学会の運営に関してばかりではなく、海洋生態学の発展にも大きく貢献されたことから、日本生態学会功労賞にふさわしい方として推薦いたします。
辻井 達一
辻井達一氏は1990年1月〜1992年12月までの3年間,日本生態学会幹事長を務められました.この期間における学会としての大きな行事としては1990年8月に横浜で開催されたINTECOLがあり,当時の幹事長としてINTECOLの成功には辻井氏の貢献が大きかったことは言うまでもありません.また,Ecological Research誌の今日に見られる発展には,辻井幹事長の時代に発行を海外出版社に移したことがあげられます.1986年から日本生態学会の英文誌として発行されていたEcological Research誌を,1992年からはイギリスの出版社であるBlackwell社から発行するという思い切った改革をおこなわれました.Blackwell社との交渉には辻井氏も大変ご苦労されたようですが,Ecological Researchが国際誌としての評価を得るきっかけとなった出来事です.
辻井氏が日本生態学会の発展に貢献したのは幹事長としてのご活躍にとどまりません.学会活動では日本生態学会誌の編集幹事や北海道地区会長などの重責を担い,また,社会への貢献は特筆すべきものがございます.辻井氏は,1960年4月より1988年4月までの長きにわたり北海道大学植物園に勤務され,北方少数民族が利用した植物を展示する北方民族植物標本園を作るなど,植物園の充実に尽力を尽くされました.また,植物園の専任教官および園長として植物の多様な世界について,広く一般市民に啓蒙するための活動も長い間,遂行されてきました.一方,研究面では,サロベツ湿原の調査に始まる一連の湿原生態系に関するご研究を長年続けてこられ,それらの成果を報告するとともに,講演や著作活動,マスメディアでのご発言などを通じて「湿原」,「湿原生態系」を一般の人々に認識・浸透させるための活動を行なってこられました.1985年からは当時計画されていた千歳川放水路計画が本当に有効かどうかを確かめるため,苫小牧市のウトナイ湖とウトナイ湖の集水域を流下する美々川の自然環境調査を行ない,「水系の多様性保全と管理」という新たな視点を提示し,保全と賢明な利用という観点での活動を進められました.現在では多様性,生態系管理,賢明な利用という言葉は,広く受け入れられておりますが,早い時期から生態学者としてこれらの課題に取り組まれております.このような環境行政や環境保護に寄与されてこられました功績が認められ,平成8年6月には環境庁長官より地域環境保全功労賞,平成14年9月には北海道功労賞が贈られました.
以上のように,辻井 達一氏は日本生態学会の運営だけでなく,日本,とくに北海道の自然環境の保全や生態学の普及に力を尽くされてきたことから,日本生態学会功労賞にふさわしい方として推薦いたします.
只木 良也
只木良也氏は1958年4月に日本生態学会に入会され,その会員歴は間もなく半世紀に至ろうとしています.この間,日本生態学会において,4回の全国委員,英文誌編集委員,監事を務められるとともに,1981年9月〜1983年12月まで,日本生態学会幹事長を務められました.
幹事長時代には,当時の吉良竜夫会長のもと,生態学会の大規模化にともない年一回開催の全国委員会が開催できない日常の案件が増加したことから,小案件の検討やアドバイス等で事務局の運営をスムーズにする常任委員会の制度がスタートしました.また,生態学会誌に投稿した論文原稿に起因して日本生態学会が提訴される出来事があり,裁判所の呼び出しに応じて幹事長が学会代表として対応されたということがありました.本件に関しては,その後,円満解決に至っているそうです.第30回日本生態学会大会では,学会事務局自体が運営委員会を兼ね,幹事長が実行委員長格となって全国大会を挙行されました.そして,実行結果として生じた剰余金を学会本部へ寄付金として納入されるという学会財政への寄与をされました.
只木氏の専門分野は,元々,森林を対象とする物質生産生態学ですが,それを基礎に環境学分野へも研究を展開されてきました.只木氏の「生態学」を基盤とした森林を中心とする様々な論文,著作,社会的貢献活動は,日本生態学会を身近な学会として多くの人々を惹き付けているといえます.たとえば,著作のあるものは高等学校国語教科書に一部採択され,またあるものは,全国読書感想文コンクールの課題図書として指定されています.生態学への基礎研究としての貢献とともにアウトリーチ活動への貢献は高く評価できます.
以上のような理由から,只木良也氏を「日本生態学会」ならびに「生態学」への長年かつ多くの功労,貢献に鑑みて,日本生態学会功労賞にふさわしい方として推薦いたします.