日本生態学会の法人化に向けて

(1)法人化の必要性

 日本生態学会は、鷲谷いづみ会長(2004-2005年)、菊沢喜八郎会長(2006-2007年)の下で、学会を法人化するための準備を進めてきました。今年12月には、法人化の申請を予定しています。会長就任にあたり、日本生態学会法人化の準備状況をまとめ、これからの課題について報告したいと思います。

 まず、法人化の必要性について再確認したいと思います。第一の理由は、事業体としての順法性(コンプライアンス)です。日本生態学会は、事業規模が1億円に達し、宮地賞・大島賞基金などの資産も持っている事業体です。会員制の事業体なので、法的には「社団」に相当します。このような事業体では、法律に従い、公正な運営を通じて社会的な責任を果たす必要があります。日本の法体系では法人法定主義が採用されていますので、事業体は登記をしなければ法人として認められません。日本生態学会の現在の規模を考えると、法人の登記を行なって、法人に関する法律の定めに従って運営を行なうことが、社会的責任として求められています。具体的には、法人税の問題があります。この点については、あとで詳しく述べます。

 第二に、さまざまな契約を法人名で行なう必要性があります。現状では、事務所の賃借契約・事務局員の雇用契約などを会長名で行なっており、銀行などの口座開設にあたっても会長の個人名を使用しています。これは明らかに好ましくありません。会長個人ではなく、事業体としての責任を明確にする必要があります。

 第三に、社会的信用の問題があります。日本生態学会は、自然保護についての要望書を出し、生物多様性国家戦略についての意見を出すなど、科学者の社会的な責任を果たす活動にも取り組んでいます。このような社会的責任を果たすうえでは、任意団体ではなく、法人格を持つことが望ましいと考えられます。

順法性との関連で、法人税について具体的に考えてみましょう。日本生態学会は、法人税を払っていません。では、法人税を支払わなくてよい、法的な根拠はなんでしょうか。日本生態学会は法人格を取得していないので、法人税法上は、「人格のない社団等」(俗に言う任意団体)に相当します。「人格のない社団等」は、公益法人等と同様に収益事業を行う場合には、納税義務を負うこととされています。つまり、収益事業を行なう場合には、法人税を支払う義務をすでに負っているのです。

 では、収益事業とは何でしょうか。税法では課税対象となる収益事業として、33業種を定めています。このなかには、「物品販売業」「出版業」「興行業」「一定の技芸教授業等」があげられています。日本生態学会ではまだ実施していませんが、たとえばTシャツなど学会グッズを作成して販売した場合、「物品販売業」に相当するでしょう。また学会独自で出版物を作り、販売すれば「出版業」に相当するでしょう。他の学会では、昼休みに企業の援助を得て「ランチョンセミナー」を開催している例があります。「ランチョンセミナー」で収益があがれば、当然のことながら納税義務が生じます。すでに他の学会で、「ランチョンセミナー」の収益に課税された例があります。

 ひとつの方向として、収益事業を一切行なわず、任意団体のままで活動するという選択肢もあります。しかし、政府の財政事情を反映して、課税対象をひろげようという動きがあります。将来、学会大会の決算が黒字になった場合に、黒字が収益とみなされるようになるかもしれません。

 むしろ、公益法人としての法人格を取得して、免税措置を受けることが、日本生態学会としてより望ましい選択肢でしょう。日本生態学会では、このような判断のもとに、鷲谷元会長の下で、法人化に向けての検討と準備を開始しました。しかし、2004年当時すでに、政府の公益法人改革の動きが具体化しており、すぐに法人の登記を進めることはできず、4年間の検討と準備を必要としました。公益法人改革の内容については、次の節でのべます。新制度は、2008年12月1日に施行されることが決定されました。日本生態学会では、新制度施行後に、法人格取得の手続きをする予定です。

 この間、NPO法人として法人化するという選択肢についても検討されました。NPO法人とは、1998に制定された特定非営利活動促進法にもとづくものです。この法律が制定されるまで、ボランティア団体などのNPO(Non-Profit Organization、非営利組織)が民法上の社団法人となることは困難でした。そこで、特定の非営利活動を行う社団に対して、法人格の取得を可能にした制度がNPO法人です。特定非営利事業として選定された17分野の中には、「科学技術の振興を図る活動」も含まれています。この制度ができたことにより、公益法人としての要件(ある程度の財政規模を持ち、たとえば公認会計士による外部監査を受けるなどの適切な財務管理をできること)を満たさない小規模学会でも、NPO法人として法人格を取得できるようになりました。特定非営利活動促進法の第一条は、NPO法人の目的を「公益の増進に寄与」するものと定めています。NPO法人は、ミニ公益法人と考えれば良いでしょう。

NPO法人のほうが、申請や法人維持に関わる事務量は少ないという利点があります。また、「その他の事業」として、ある程度の営利事業を行なうことができます。ただし、営利事業の実施は法人の目的において必要な範囲内に限られます。

 一方、公益法人として認定された場合には、公益事業が非課税となるだけでなく、収益事業に関しても税法上の優遇措置が受けられます。また、寄付をした団体が、税制上の優遇措置を受けられるような制度も整備されていく見通しです。日本生態学会の場合、事務所を借りて事務局を固定し、事務局員を雇用し、外部監査などの財務管理にも対応できる準備ができています。したがって、多少事務的には大変でも、公益法人としての認定をめざすほうが望ましいと考えています。

 日本生態学会第54回大会(松山大会)での総会において、以上のような方針が提案され、承認されました。そして、第55回大会(福岡大会)までに定款案を準備し、2008年12月に公益法人法が施行されて以後すみやかに登記を行い、第56回大会(盛岡大会)で設立総会を行なうという日程が承認されました。

(2)公益法人改革の概要と日本生態学会の対応

 次に、公益法人改革の概要を説明し、日本生態学会において必要とされる課題を整理してみます。公益法人改革は、政府の行政改革の一環として検討が進められてきたものです。「民間にできることは民間に」という方針にもとづき、民間非営利部門の活動の健全な発展を促進し、一方で行政委託型公益法人の改革を進めて行政の無駄を省こうというのがその趣旨です。また、本当に公益性がある事業には税制上の優遇措置をとる一方で、これまで公益法人が行なってきた事業の公益性を再検討し、課税が妥当な事業についてはきちんと課税しようという目的があるものと思われます。このような目的で、約26000の公益法人を抜本的に見直すことになりました。

 まず2002年3月に「公益法人制度の抜本的改革に向けた取組みについて」が閣議決定され、公益法人制度について抜本的かつ体系的な見直しを行うことが決定しました。その後2003年6月に、「公益法人制度の抜本的改革に関する基本方針」が閣議決定され、この基本方針にもとづく検討をもとに、2004年12月に「今後の行政改革の方針」(閣議決定)の中で、「公益法人制度改革の基本的枠組み」が具体化されました。その基本的枠組みは、以下の2点です。

 この枠組みの下で、約26000の公益法人はすべて、まず「一般社団法人」または「一般財団法人」に移行し、公益性の認定を受けたものだけが、「公益社団法人」または「公益財団法人」に移行できることになりました。これまでの制度では、各公益法人に対して主務官庁があり、法人格取得にあたっては、学会であれば文部科学省に申請し、設立許可を受けるという手続きが必要でした。しかし新制度の下では、登記をすれば、書類に不備がない限り、「一般社団法人」または「一般財団法人」を設立できるようになります。

 この基本的枠組みに基づき、「公益法人制度改革関連3法案」が作成されました。具体的には、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律案」、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律案」及び「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」の3つです。これらは、2006年3月に国会に提出され、国会での審議を経て同年5月26日に成立し、同年6月2日に公布されました。これらの法律にもとづく新制度は、2008年12月1日に施行されます。現在、この施行に向けて、公益認定基準を策定するための議論が進められています。

 関係者の間では、「一般社団法人」または「一般財団法人」は「1階」、「公益社団法人」または「公益財団法人」は「2階」と呼ばれています。政府は最近、2階にあがれた法人には、税制上の優遇措置を手厚くし、2階に上がれない場合には従来の軽減税率でなく民間企業並みの法人税を課税するという方針を明確にしました。このため、公益認定基準がどのようなものになるかが、関係者の重大な関心事になっています。

 公益認定基準については、現在、内閣府の公益認定等委員会が精力的に審議を進めています。この委員会の審議内容については、公益認定等委員会のウェブサイトで公開されています。

2006年4月2日に第一回が開催されて以後、12月21日で第27回を数えており、資料一覧、議事要旨、議事録をpdfファイルで見ることができます。

 この議論の中で、「会員のみを対象とした事業を主とするものは、公益法人として不適当」という見解が出され、学会関係者の間で反響を呼んでいます。たとえば日本産婦人科学会は、学術集会の開催、専門医の認定などの事業を会員に限定しているため、この見解に異議を唱える要望書を提出しました。このような要望書も、上記のサイトにあります。この要望が今後どのように考慮されるかはよくわかりませんが、公益事業の基本的な考え方は、会員に閉じない、不特定多数の利益につながる事業というものです。学会員だけしか参加できない大会は、公益事業とは見なされないかもしれません。賞の授与も、学会員だけに限ると、公益事業とは見なされない可能性があります。日本生態学会では、公益認定等委員会の議論を見守りながら、公益認定基準の要件を満たすように事業のあり方を微調整していく必要があります。とくに、情報の公開性を高める努力が求められます。日本生態学会では、大会参加規則を定めていませんが、このような規則を定めてウェブサイトで公開することが必要です。このような措置を通じて、学会の大会が会員どうしの親睦ではなく、生態学とその関連分野の発展に具体的に寄与するものであることを、対外的に明らかにしていく必要があります。

 2008年12月1日に新制度が施行された後は、一般社団法人の登記を行なえば、日本生態学会が法人格を得ることは可能です。登記申請は、事務局のある京都府の知事に対して行ないます。公益認定申請は、法人格を得たうえで、京都府の「民間有識者からなる委員会」(合議制の機関、名称はまだ決まっていない)に対して行なうことになります。この申請を行なったものの、公益基準を満たすと認定されなかった場合には、一般社団法人のままです。この場合には、収益事業(33業種)だけでなく全事業に対して、民間なみの法人税が課税されることになります。すなわち、会費・助成金などの収入から経費や減価償却費を引いた差額(剰余金)に対して、30%の法人税が課税されることになります。

 以上のような課題は、日本生態学会だけがかかえている問題ではありません。すでに社団法人化している関連学会は、新制度への移行が不可避ですし、他の学会でも何らかの法人格取得を検討しなければならない時代となっています。生物科学学会連合に加わっている学会などと連絡を密にし、関連学会が足並みを揃えて法人化に対応することが必要でしょう。

(3)機関設計

ここでは、法人化後に必要となると考えられる主要な制度の変更について、整理してみます。まず、現在の学会会則をもとに、公益法人法が定める規定を満たす「定款」を定める必要があります。また、現在の細則に相当する規則類を定める必要があります。「定款」は、法人の設立総会で決定されるものですが、日本生態学会では第55回大会の総会で定款案を提案し、承認を得る予定です。

 「定款」では、公益法人法が定める機関設計(公益法人制度改革に関するパンフレット4、11ページ参照)にもとづいて運営組織の構成を定め、法人化後はこの組織に移行する必要があります。第55回大会に向けて策定中の定款案では、以下のような移行を考えています。

 会長 → 代表理事
 幹事長 → 専務理事
 常任委員・幹事 → 常任理事
 全国委員 → 理事
 総会の代議員 → 社員
 その他の会員 → 会員

 公益法人法では、社員総会の開催を定めています。しかし、日本生態学会の会員全員による総会の開催は、現実的ではありません。このため、代議員を法律上の社員とみなすことを定款で定める予定です。これは、日本植物学会など、すでに社団法人格を取得している学会のやり方にならった措置です。

 地区会をどう位置づけるかについては、各地区会とも連絡をとりながら、基本方針についてできるだけ早く合意する必要があります。もっとも重要な検討課題は、会計です。公益法人改革が課税とからんでいることも考慮すれば、各地区会の通帳を個人名義のままにしておくことは好ましくありません。常任委員会で現在考えている方針は、地区会の財政をすべて学会事務局で管理する一般会計に移行し、地区会の予算計画に応じてその年度の予算を地区に配分し、決算の時点で精算するという方法です。現在各地区が持っている余剰金については、使い切るか、学会の一般会計に移算するかを、各地区に選択していただきます。地区から移算を受けた余剰金については記録に残し、各地区会の事業方針に沿って運用できるようにしますが、お金の管理は学会事務局が行ないます。

 現在、日本生態学会の会計年度は、1月に始まり12月に終わります。法人化後は、年度ごとに、必要な資料(会計書類を含む)を揃えて、公益認定審査を受ける必要があります。この審査に対応するうえで、4月から3月までの会計年度に移行する必要があるかもしれません。そのほか、公益法人法が求める財務管理や情報公開の水準に対応するために、「資産および会計」、「寄付」、「書類の据え置きと公表」などについて、具体的な規定を定款に書き込む必要があります。

(4)事業計画と区分経理

 定款案作成に続いて必要とされるのは、事業計画の具体化です。公益法人は、毎年「公益目的事業計画」を策定し、合議制の機関による公益認定を受けなければなりません。この際に、「全事業のうち公益目的事業が50%以上を占める」という基準を満たす必要があります。したがって、日本生態学会の活動のどれが公益目的事業かを明確にし、それに沿った区分経理を行なうことが求められます。

 私たちは、日本生態学会の活動の大部分は公益活動だと考えています。しかし、たとえばニュースレターの発行は、会員に対する連絡のために行なうものなので、「公益目的事業」ではなく、「会員間の相互扶助活動」とみなされるでしょう。学会の懇親会も後者でしょう。

 2006年11月30日に開催された第25回公益認定等委員会の資料によれば、公益法人の事業は、「公益目的事業」と「公益目的事業以外の事業(収益事業等)」に区分され、後者はさらに「収益事業」と「構成員からの会費徴収等により実施する相互扶助事業等」される見通しです。そして、これらを区分して経理することとされています。この区分経理の方針に従えば、学会誌発行を「公益目的事業」に、ニュースレター発行を「構成員からの会費徴収等により実施する相互扶助事業等」に区分して、別の会計で扱う必要があるでしょう。

現在の会費制度は、どこまでが学会誌の発行に使われ、どこまでがニュースレターの発行に使われるかが明示されていません。このため、「学術雑誌の刊行」を公益目的事業計画に含めて区分経理を行なう場合、会費収入を「公益目的事業」への収入と「相互扶助事業等」への収入に区分する必要がありますが、現状ではその根拠が明確ではありません。このため、学会員以外による雑誌の購入だけが「公益目的事業」とみなされる可能性があります。このような問題にきちんと対応しながら、公益法人化の下での事業計画と経理計画を具体化する必要があります。

 日本生態学会の主要な活動は、(1)学術集会・公開講演会などの開催、(2)学術雑誌の刊行、(3)教科書・普及書などの編集、(4)すぐれた学術研究の顕彰、(5)調査研究ですが、これに加えて、法人化後には企業との適切な協力関係を発展させることが重要だと考えています。そこで、3月の福岡大会では、法人化WG主催で、企業の方を招いたフォーラムを開催します。

 公益事業のための財政基盤を強化するには、寄付を集めたり、収益性のある事業を行なったりする必要があります。そのような事業のあり方を、具体化する必要があります。言うまでもなく、寄付や収益事業と関連して、不適切な便宜を与えたり、受けたりすることは避けなければなりません。まずは、企業の方とフランクに話し合って、どのような関係が学会・企業の双方にとって望ましいのかを、会員に開かれた形で議論していくことが重要だと思います。

 「収益事業」に関しては、学会グッズの販売、公開講演会と連携した本の販売など、現実的に可能で、無理のない事業計画を立案することが重要だろうと考えています。

 法人化は、日本生態学会にとっては4年前から準備を始めた懸案事項です。今年はいよいよ、法人の登記申請をする年となりました。会員に開かれた議論を通じて、この課題を達成したいと考えています。法人化の進め方や法人化後の事業計画などについて、会員の皆様から積極的なご意見をお寄せいただけますよう、お願い致します。

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