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会長からのメッセージ −その59−

「被引用数」

 最近、この言葉を何度か聞いた。人事委員会とか、評価委員会である。学会賞の選考においても議論になったという。研究者の評価をするときに、論文数が大きな指標になるが、それだけでは頼りない。よい論文であるのか、それほどのものでのないのか。そこで、どんな雑誌に載った論文であるかが、重要な目安になる。雑誌のインパクト-ファクターである。その雑誌に載っている論文が平均どれくらい引用されるか?であり、出版翌年から2年間の引用数で決めるらしい。インパクト-ファクターの高い雑誌に載った論文は、値打ちがあるにちがいない。その可能性はあるが、本当にそうか。実際のところ、良い雑誌に載ったからといって、その論文じしんにインパクトがあるという保証はない。したがって、当該論文の値打ちは、その論文じしんが何回引用されたかを調べたほうがよい。それが被引用数である。ただしこれは、出版されたばかりの論文には使えない。

 生態学会賞は生態学の深化や新たな研究展開に指導的役割を果たしたことが重要であるから、そういう人は被引用数が大きいはずである。逆に言うと、被引用数の少ない人は、受賞の資格がないということになってしまう。たしかに何らかの数値が必要であるということは認めるが、この数値にそれほどの権威があるのか?数値にこだわらず、自分の「眼力」に頼ってはいけないのか?「数値に騙される奴は阿呆や」と言ってはいけないのか?というのが今日の話題である。

 論文の引用にもいろいろある。「新しい理論の提示は(A)によってなされた。それをこのフィールドに適用すると、次のような予測が成り立つ(B)。これを始めて適用したのは(C)であり、その後肯定的結果が(D,E,F・・・)により、また否定的結果が(G,H,・・・)により、さらにどちらともつかない結果が(I,J,・・・)により報告されている」などと引用される。こういった場合、大事なのはA,B,Cなどであり、少しおまけをするとGなども入る。しかしそれ以外はその他大勢といった引用であり、すっ飛ばされても文句も言えない。つまり引用といっても、「主要引用」と「その他引用」とがある。大事なのは前者であるのに、被引用数はどちらも1点である。A, B, Cなどの論文は、その分野では、必ずと言って良いほど引用されるし、引用していなかったら、エディターから注意を受けるか、そもそも出版できない。E, F, Hなんていう論文を書いていても、引用されるとは限らない。すっ飛ばしても、たまたまE, F, H氏がレフェリーでないかぎり注意もされない。したがって、生態学の深化に寄与するような業績は、主要引用される論文でなければならず、被引用数も多いはずである。しかし逆に、その他大勢論文を書いていても、たまたま被引用数が多いということもあり得る。したがって、被引用数が多いのは、重要な業績であることの必要条件である(十分条件ではない)。

 最初は、「被引用数何するものぞ」という結論を出すつもりで書き始めたが、どうもありふれた結論に落ち着きそうだ。「よく引用されるものが優れたものとは限らないが、優れたものはよく引用される。」

 そこで我々の戦略は、その他大勢であっても、できるだけ引用されるようにしよう、ということである。学会長としては、「主要引用されるような重要論文を書こう」、と言わなくてはならないことは承知している。しかし、「誰にでもできる」、主要論文を書くための「ノウハウ」というのは、道ばたに転がっていない。そんなものがあれば、誰にも教えずに僕が使って、書いている。そこでわれわれに出来る方策は、その他大勢でもよいから引用されるためのノウハウである。これはなんとかなりそうだ。まずは論文を書いて出版することである。出版されない論文は引用されようがない。(もっとも、森下正明先生の謄写刷り学位論文なんてのもある。ただしこれは昔のお話。)出版と同時に、ポスター、口頭などで発表することである。海外の学会でも頻繁に発表したほうがよい。そして最終的には仲間を増やすことである。同業者が増えて互いに引用し合えば、指数の値は確実に増える。アメリカの人たちの指数が大きいのは、この効果による。ただし個々人の利得になるかどうかは解らない。直接の競争相手は国内の同業者だから、結局はおなじであるかもしれない。ただし外国に比べて、日本の生態学者のレベルが極端に低いというそしりを免れるためには有効である。

 学会活動というのは、(他の学会員や外国同業者に比べて)、われわれその他大勢的研究者が、お互いの値打ちを高め合うというところにありそうだ。なんだか卑下して言っているようだがそうではない。研究は、とりわけ生態学研究は一握りの主要研究者だけで進展するものではない。大勢の研究者の相互競争を媒介とする協力によって、じりじりと進展していくものである。被引用数を高めることは、それ自身目的ではないけれども、全体としての進展の重要なパラメーターになる。会員数を増やすこと、メンバー(論文を書いて引用してくれる人)を増やすこと、大会、会誌、賞のあり方などが重要な要因となる。

▲近江八幡 北海道から滋賀県に引っ越してきて、数年経ったある春。琵琶湖を一周した。



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