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保全生態学研究

第9巻 第2号


2004年12月



原著論文



総説・解説


実践報告


保全情報


訂正:205
書籍紹介・書評:205

内容紹介



原著論文


農耕地で繁殖するタンチョウの採餌環境への順応性

大石麻美・小林清勇・関島恒夫・正富広之

<要旨>

 北海道東部に生息するタンチョウGurs japonensisの行動圏面積, 採餌環境選択, 行動圏内の餌資源量を, 従来の繁殖環境である湿原タイプと新しい繁殖環境である農地タイプ間で比較することで, 農耕地域での繁殖が可能となる要因を検討した. 行動圏面積に関して, 農地タイプは湿原タイプに比べて全育雛期の行動圏が広く, 育雛ステージを進むにつれて拡大する傾向があった. 採餌環境選択に関して, 農地タイプは湿原環境のみに依存することなく, 育雛ステージを進むにつれて湿原環境の利用は弱まり, 代わりに耕作地や人工地を利用した. 行動圏内の餌資源量に関して, 総量では農地タイプは湿原タイプと大きな差はなかったが, 湿原タイプの餌資源が動植物の餌のみであったのに対し, 農地タイプの餌資源はデントコーンといった農作物の植物類の餌が多くを占めた. 従来, 繁殖期を通じて湿原環境に強く依存するとされてきたタンチョウが, 農耕地でも繁殖するようになったのは, 採餌場を湿原に限定せず, 行動圏を拡大して牛舎などの人工地を活発に利用し, 繁殖に必要な餌量を確保したためと考えられる. しかし, 人工地やデントコーン作物に対する強い選好性は, 栄養分の不足や偏り, 有害化学物質の摂取, 人や車との接触の危険性をもっている. これらの保全対策として, 道路や牛舎への移動を遮ることや, 動植物類の餌量が十分に確保できる湿原や水場環境を農耕地に創出することが必要であろう.

キーワード:保全, 採餌環境, タンチョウ, 生育地変化, 湿原


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沖縄県石垣島白保サンゴ礁海域における赤土堆積量の時空間的分布について

安村茂樹・前川 聡・佐藤 哲

<要旨>

 サンゴ礁環境へ影響を及ぼす要因の一つである土壌流出に関して、沖縄県石垣島白保サンゴ礁礁池における赤土堆積状況を把握するため,礁池内に32定点を設置し,底質中懸濁物質量(SPSS)を調べた.2000年8月から2003年5月までの3年間,3ヶ月に1回の頻度で資料採取を行った.礁池内全体の3年間のSPSS平均値は14.8kg/m3で、一年ごとの年対数値の平均値に有意な差はなかった.海岸線(12定点),礁池中央(10定点),礁嶺(10定点),領域ごとのSPSS平均値は,陸域から離れるほど減少する傾向があった.礁嶺領域の定点群のSPSS値については,轟川河口の北東部に位置するモリヤマグチ(礁嶺の切れ目)に近い1定点の3年間の対数値の平均が他の9定点中7定点より有意に高かった.赤土の主要な流入源と考えられる轟川の河口およびその北側周辺の4定点では,SPSSの3ヶ年平均値が50kg/m3以上であり,人為的な影響を受けていると考えられる堆積が恒常的に続いていることが確認された.これら4定点の季節毎の平均SPSS値は秋にもっとも大きく,冬から夏にかけて減少する傾向が見られた.礁池全体では季節毎の堆積量に有意な差はなかった.白保礁池に堆積する赤土は,主に夏から秋(8-10月)にかけて集中する降雨により轟川から流入するものと思われる.赤土は,海岸線付近,特に河口北側周辺に偏って堆積する傾向が高く,人為的流出による恒常的な堆積がサンゴ礁生態系に負の影響を与えているものと推察される.赤土の堆積分布から推測すると,河口からの距離,クチなどの地形や底質状況が拡散・堆積・再懸濁に影響を与えているものと思われる.河口北側周辺の赤土は秋以降に徐々に減少することから,河口北東に位置するモリヤマグチから恒常的に排出されている可能性が高いと考えられる.

キーワード:赤土, 堆積, サンゴ礁, 白保, 季節変動



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総説・解説


生物多様性保全に資する政策の日米比較(II): 生態系分野の環境影響評価・生態系修復・保全教育・市民参加と協働

渡辺敦子・鷲谷いづみ

<要旨>

 生物多様性保全上重要な課題の内, 生態系分野の環境影響評価, 生態系修復, 保全教育, 市民参加と協働の促進にかかわる政策を社会的環境とその歴史的背景および, 法的な整備と運用の現状の面から日本と米国の間で比較・考察した. 米国の保全政策が, 科学的な情報と民主主義に基づく社会的合意形成を前提として発展しているのに対して, 日本の行政では生物多様性という概念自体が新しく, また同分野での政策的取り組みをうながすような市民活動団体は発展途上である. このような状況の中, 保全政策への積極的な提言のほか, 様々な学習段階において効果的な保全教育プログラムの開発や, 生態系や生物多様性に関する知識を一般に分り易く伝えるコミュニケーション技術の開発なども保全生態学が今後扱うべき重要な研究課題だといえる.

キーワード:生物多様性保全政策, 生態系分野の環境影響評価, 生態系修復, 保全教育, 市民参加と協働



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中国のタンチョウ越冬地「塩城自然保護区」における現状と課題

正富宏之・古賀公也・井上雅子・胡 東宇

<要旨>

 中国東部の黄海に面する江蘇省塩城自然保護区において, 2003年12月中旬に実施した調査結果を含め, 中国におけるタンチョウ Grus japonensis Mullerの越冬状況を総括しておきたい. 中国では, 従来散財していたタンチョウ越冬血が近年開発により消失したため, 塩城保護区へ個体が集まり, さらにその保護区でも1980年代以降の北部と南部の急速な開発により, 中央部へタンチョウが集結する傾向にあった. 調査では389羽を目撃したが, 北部で4.1%, 南部で17.5%, 残り78.4%を保護区の中央部で記録した. 保護区内でも乾燥した内陸は水田・ムギ畑等の拘置に堤防で囲まれた浅水域は大規模な塩田と養魚場になり, 自然採餌場は著しく減少していた. そのため, これら人工環境下における採餌が多く見られ, 人に寄る給餌や観光利用の施策とあいまって, ヒト馴れや集中化を招く恐れを多分に有していた. これは, 中国のタンチョウも日本の個体群が現在直面しているような危険な状態へ陥る可能性が高いことを示しており, その阻止のため早急な対応が必要である. 一つの方向付けとして, 筆者らは湿地開発やヒト馴れを促進する施策を抑制し, 越冬群の分散化とそれを維持する地域住民の体勢つくりを提案した.

キーワード:越冬, 塩城自然保護区, タンチョウ, 中国, ヒト馴れ



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実践報告


茨城県下館市の水田圃場整備によって造成された排水路系における水生生物の分布

松井 明・佐藤政良

<要旨>

  湿田の乾田化, 用排水路の分離等によって農業の効率性を目指す従来の水田圃場整備に対して, 生物多様性保全の観点から様々な問題が指摘されている. 2001年6月に土地改良法が改正され, 環境との調和に配慮した農業農村整備事業が強く求められることになった. コンクリート水路の土水路化, 排水路と水田との連続性確保等の環境に配慮した事業は, 生物にとっては望ましいが, 現実には従来型の整備による水田が広範に残ることが予想され, これらの区域もまた地域全体の環境に大きな影響を持ち続けると思われる. 従って, 整備済み水田地区において, 少なくとも最小限の環境対策の実施が望まれ, その対策を定期的に行うためには, 整備済み水田地区における水生生物の生息実態を知る必要がある. その知見は, 将来実現が期待される冬季通水の具体的方法を検討する上でも有用である. 本研究は, 茨城県下館市の圃場整備済み水田地区の排水路を取り上げ, 水路レベルを考慮した6調査地点において, 2001年4月から2002年3月の間毎月1回定期的に実施した現地調査に基づき, 水生生物が種類に応じて幹線, 支線および小排水路にどのように分布しているかを, 水路構造および非灌漑期における流水の有無に注目して検討し, 以下のことをあきらかにした. 魚類については, オイカワが幹線排水路, ドジョウが支線および小排水路で多く採補された. 水生昆虫については, ハグロトンボが支線排水路, シオカラトンボが小排水路で多く採補された. オイカワは幹線排水路のなかで, 水路底が砂礫の地点で多く, コンクリートの地点で少なかった. ハグロトンボおよびシオカラトンボは支線および小排水路のなかで, 1年中流水がある地点で多く, 非灌漑期に流水がない地点で少なかった. 逆に, ノシメトンボは小排水路のなかで, 1年中流水がある場所で少なく, 非灌漑期に流水がない地点で多かった. 以上の調査結果から, 水田圃場整備によって造成された排水路系は, 水深, 流速等に関して特徴ある物理環境を有する幹線, 支線および小排水路からなっており, また水生生物がそれぞれの水路レベルに応じて生息していると解釈すべきことを明らかにした. 今後, より一層整備済み水田地区を生物相豊かな環境にするためには, より多くの水路に1年中流水を確保すること, 水路底をコンクリート化しないことが重要である.

キーワード:水生生物, 分布, 排水路, 圃場整備, 水田

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ヒヌマイトトンボ保全のために創出したヨシ群落1年目の動態と侵入した蜻蛉目昆虫

松浦聡子・渡辺 守

<要旨>

 ヒヌマイトトンボの保全を目的として, 生息地に隣接する休耕田に人為的にヨシ群落を創出した. 4月から11月にかけて, 群落内に設置した方形区でヨシの生長を測定すると共に, ヒヌマイトトンボの生息空間であるヨシ群落下部における相対照度や水温などの変化を既存の生息地と比較した. 創出地には多種の蜻蛉目成虫が飛来していたが, 秋にはごく少数のヒヌマイトトンボと多数のアオモンイトトンボの幼虫しか採集されなかった, 後者はヒヌマイトトンボの捕食者であり, この種を創出地から排除するためには, 群落の水質を汽水に保つばかりでなく, 枯死した稈を残してヨシ群落を密生させる必要があると考えられた.

キーワード:創出, ヒヌマイトトンボ, ヨシ密度, ヨシの自然高, 相対照度

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絶滅危惧種ハリマムシグサ(Arisaema minus(Serizawa) J. Murata) の保全対策としての移植事業I ―生育環境と移植条件―

丸井英幹・山崎俊也・梅原 徹・黒崎史平・小林禧樹

<要旨>

 兵庫県神戸市に計画された高速道路の予定地で, 着工寸前になって絶滅危惧種のハリマムシグサが発見された. 路線の変更による影響の「回避」は困難で, 道路建設の影響圏に自生するすべての個体の移植によって個体数の維持をはかる保全対策をとった. 移植に先だって自生地で分布, 個体形状, 性表現, 光環境, 土壌場圏, 植性を, 移植先の候補地で光環境, 土壌条件と植生を調査した. 調査の結果, ハリマムシグサは林冠がうっ閉するまでの早春の光環境にめぐまれる谷沿いの落葉広葉樹林の林床で, 乾きにくい砂質土壌の場所に自生することがわかった. 種子繁殖にかかわる性表現は個体サイズに依存しており, 雌個体はもっとも明るい場所に自生することから, 雌への成長には一定の年限, 光環境にめぐまれる必要があると考えられた. 調査結果をもとに移植先の候補地から適地をえらび, 個体形状を測定して可能なかぎり適期に移植した.

キーワード:ハリマムシグサ 絶滅危惧種 保全対策 移植

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絶滅危惧種ハリマムシグサ(Arisaema minus(Serizawa) J. Murata) の保全対策としての移植事業II ―モニタリングと管理―

山崎俊也・丸井英幹・梅原 徹・黒崎史平・小林禧樹

<要旨>

 ハリマムシグサの保全対策としての移植後, 4年間の継続したモニタリングを実施した. モニタリングでは移植個体の生存状況, 形状, 訪花昆虫や光条件を調査した. 生育状況は, ほとんどの移植先で良好であった. 移植先では, 自生地と同じ訪花昆虫を確認し, 結実個体もみられた. 移植後, 植生遷移によって光環境に変化がみられた移植先は, 隣接する谷斜面の樹木が伐採されたことによって, 適度な光環境が維持されていた. しかし事前に移植先の環境調査ができずに移植した個体の一部は生育が悪く, 対策が必要とされた, そこで新たに移植先を選定し, 再移植した.

キーワード:ハリマムシグサ, 絶滅危惧種, 移植, モニタリング

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知床を対象とした生態系管理としてのシカ管理の試み

常田邦彦・鳥居敏男・宮木雅美・岡田秀明・小平真佐夫・石川幸男・佐藤 謙・梶 光一

<要旨>

 最近数10年間におけるシカ個体群の増加は, 農林業被害の激化をもたらしただけでではなく, シカの摂食による自然植生および生態系の大きな変化を各地で引き起こしている. 自然環境の保全を重要な目的とする自然公園や自然環境保全地域では, この問題に対してどのような考え方に基づいて対応するかが大きな課題となっている. 知床半島のエゾシカは一時絶滅状態になったが1970年代に再分布し, 1980年代半ばから急増して, 森林と草原の自然植生に大きな影響を与えつづけている. 知床半島のシカは冬季の気象条件と餌によって個体数が制限されているとはいえ, 雌の生存率は高く, かつ自然増加率がたかいために高密度で維持されている. 雌も大量に死亡するような豪雪でも来ない限り激減することはない, そのため, 自然に放置した場合には, 植生への影響は軽減されないだろう. 知床におけるエゾシカの爆発的増加が, 自然生態的過程か人為的な影響による要因かを区分することは, 現状ではできない. 管理計画策定にあたって重要なのは, 半島全体の土地利用と自然保全の状況に応じて地域ごとの管理目標を明確にし, 総合的な計画を策定することである. また, モニタリング項目として絶滅リスク評価につなげられるような「植物群落の分布調査」が不可欠である. 知床国立公園内や周辺地域での生息地復元や強度な個体数管理などを実施する場合は, 生態系管理としての実験として位置づけ, シカと植生の双方について長期のモニタリングを伴う順応的な手法を採用していく必要がある.

キーワード:生態系管理, シカ管理, 知床, 爆発的増加, 自然調節, 植物のリスク管理, モニタリング

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