| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


第26回 日本生態学会宮地賞/The 25th Miyadi Award

「超個体」はいかにして進化するのか
The making of the "Superorganism"

土畑 重人(東京大学大学院総合文化研究科)
Shigeto Dobata (Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo)

多様な生命現象の中には,物質的な基盤を全く異にするにもかかわらず,全体として何らかの構造的な類似性が認められる例が存在する.現象をシステムとして抽象化することで,単なるアナロジーを越えて,科学的に有意義な発見がもたらされるかもしれない.演者は,ともすると陳腐で危険な観念論に陥りかねないこのものの見方に取り憑かれて,これまで研究を進めてきた.

本講演では,社会性昆虫のコロニーを形容するアナロジー「超個体Superorganism」について考える.アリやミツバチ,シロアリなどを含むいわゆる真社会性昆虫は,生態系における影響力から地球上で最も繁栄している生物の一群とされており,その繁栄の源は,かれらのコロニーが示す,繁殖をはじめとした所属個体間の分業体制にある.非繁殖階級であるワーカーと繁殖階級である女王との間に見られる表現型分化は,ちょうど多細胞生物個体における体細胞系列と生殖細胞系列の分化に対応しているように見える.さらに,採餌や移動,営巣にあたってコロニーが示す諸々の集団行動は,全体として高度に統合され,ときとして所属個体単独は実現できない時空間的規模や創発的特性を示す.これらの観察事実は,コロニーの「超個体」性を裏打ちしているとともに,至近メカニズムの解明を目指した実り多い分野横断研究の契機にもなってきた.コロニーという生物階層の存在はあまりに自明のものであるために,そこでは適応的な「超個体」の存立自体に問うべきことはないようにも思われる.いや,本当にそうだろうか.

進化生態学・行動生態学の立場から,「超個体」に至る生物階層の形成,「超個体」の示す創発特性のそれぞれにおいて,その進化が現象の適応性から想定されるほどには単純でないことを主張したい.前者については,特異な生活史を持つ社会性昆虫の一種アミメアリにおける複数レベル自然選択の実証研究を,後者については,群ロボットシステムを構成論的に用いた「適応度の谷間」に関する共同研究を紹介する.両者ともに,多細胞生物の進化に同型の現象を見出すことができ,このことは「超個体」が単なるアナロジーを越えた進化生物学的普遍性を含意していることを示している.


日本生態学会