| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨
ESJ70 Abstract


第27回 日本生態学会宮地賞/The 27th Miyadi Award

性と生の数理モデル:海洋生物と過ごした20年
Twenty years of modeling diverse sexual systems in the sea

山口 幸(東京女子大学 現代教養学部 数理科学科)
Sachi Yamaguchi (Division of Mathematical Sciences, Tokyo Woman's Christian University)

 私は院生時から、海洋生物の生活史と性表現の多様性を解明する理論研究に取り組んできた。奈良県生まれの私は、海洋生物の不思議と未知に驚いてばかりだ。長年の研究対象のフジツボは、多様な性表現を示す。共同研究者に「矮雄進化の謎」を聞いた時から、それを数理モデルで解明したかった。近接個体数やサイズなど多数の状態を考慮したダイナミックプログラミングによる数値解析の結果、矮雄を含む多様な性表現は、生息水深の生産性の違いで説明できることがわかった。このモデルはフジツボ類の性表現に関する標準的理論となり、私は喜びを噛みしめている。
 理論研究をするなかで、手法はコンピュータによる数値解析主体から、数理的解析で一般的な解を導き出す方向へとシフトした。一例に、カニなどの甲殻類に寄生するフジツボ、フクロムシの性決定様式がある。幼生段階で雌雄の違いがある種と、そうでなく宿主への着底後に性を決める種の2つがある。これらは雌による雄受け入れ構造の違いと雄幼生間闘争の激しさの結果であることを示した。
 フジツボ以外に、双方向性転換魚の理論研究にも挑戦した。従来のモデルでは、各個体が現時点で適応度最大を実現する性表現を採ると仮定している。しかし、実際は性転換に数週間以上かかり、その間は繁殖できないことが大きなコストになる。両性生殖腺を持つベニハゼ類は、1週間程度で双方向に性転換可能だ。一方で、ほとんどの魚は性転換毎に生殖腺構造を作り変える。この違いの原因を知るために動的最適化によるゲームモデルを解くと、来たるべき性転換機会が多い時、両性生殖線の保持が進化的安定であることがわかった。
 最後に、魚類や爬虫類で見られる温度依存性決定を紹介する。卵の孵化温度と性の関係にはいくつかのタイプがある。性ホルモン生成経路における複数の酵素反応速度の温度依存性の組み合わせにより、異なるタイプの温度性決定が実現することを明らかにした。これは、性決定現象に酵素反応速度論を導入した初の試みである。
 最近では、動的最適化による生活史戦略や性配分理論の枠組みを超えて、分子的・生理的機構を取り込み、様々な動物種の性表現や性決定に関する新しい理論を開拓してきた。私は、生物の多様な分類群が進化してきた海洋での多様な性や生活史のあり方を解明することが、陸上生物におけるそれらを含めた包括的な理論的基盤を作り上げることに繋がると信じている。


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