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ESJ57 シンポジウム S03-1

迅速な適応性:学習によるBaldwin効果がドライブす る進化

嶋田正和 (東大・総合文化・広域)


適応という術語は、微妙に違う2つのニュアンスで用いられることがしばしばある。Futuyma (1986) は「生理的には個体の表現型が環境に合うことを意味し、進化生物学としては、遺伝的変異にかかる自然選択により適応度が増進するため、適応状態が形成されることを意味する」と述べている。しかし、従来の進化生態学では、遺伝子発現の調節や脳−神経系が司る学習行動や表現型可塑性の生理的適応は、至近要因として片づけられ、進化生態学は究極要因(適応度と自然選択による進化)を研究する学問であるかのうような扱いであった。

しかし、最近、遺伝的同化説(West-Eberhard 2003)や促進的表現型変異説(Kirschner and Gerhart 2005)が台頭してきた。これらは、行動的適応や生理的適応が遺伝システムの中に取り込まれる生物学的メカニズムに基づく説明であり、20世紀前半に活躍したBaldwinやSchmalhausenからWaddingtonを経た系譜である。そして、学習行動や表現型可塑性に基盤を持つ迅速な適応性は、環境中での個体の経験によって学習行動や表現型可塑性が発現し、それが遺伝系に取り込まれる効果(Baldwin効果)を伴うときには、引いては表現型を支える遺伝的変異に自然選択がかかることで、突然変異−自然選択だけの古典学説よりも、ずっと速い進化的適応をもたらすようになる(Kaweckiグループ[2004,2007]の成果)。Lande (2009)もBaldwin効果の新しいモデルを出している。

このように、Abrams (2005)が指摘しているように、「適応性」にはさまざまな時間スケールの生物学的機構が関与しており、学習行動や表現型可塑性と適応進化の両方を取り込んだ個体の行動や進化の理解が必要となるだろう。


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