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会長からのメッセージ −その12−

「小心者」

 なくなったO君が、僕は小心律儀者ですから、というようなことを何かの拍子に言ったのを脈絡もなく思い出す。多分、白山登山口の別当出会いを少し上がったところの沢沿いで、ポリネーターの調査をしていたときである。30分おきに、調査と休憩を繰り返すから、時間をきっちりしなければいけない。小心律儀に時間を守って調査を行う。私だって小心者なのだ。ただし律儀者かといわれると、どうも違う面のほうが大きく、小心横着者というのが実状に近い。そういう言葉があったかどうか知らない。形容矛盾と言われるかもしれないな。小心者である証拠に、僕は人が高いところで仕事をしているのを、下で見ているだけで怖い。見ているだけで冷や冷やする。ところが、自分ではタワーやゴンドラに乗って調査などしているから、横着者である。

 小心だから、時間に遅れるのを恐れる。われわれの商売にとっては、原稿の締切、口頭発表の制限時間、講義の時間などである。講義の時間をきっちり守るのはこりゃ簡単だな。時間がきたらやめればよいだけの話だ。それより今日のテーマは口頭発表の制限時間を守るために、ということである。 制限時間を守らないと、質問しようとしている人に時間を与えないことになる。結局、発表者自身にとっても質問を受けられないということでマイナスではないか。そして、質問時間をも超過して、延々としゃべり続けるなどということは、他人の時間を侵害する行為であると顰蹙を買うにちがいない。僕は小心者であるから、他人の発表を聞いていても、その人が時間を超過しそうだと冷や冷やする。1鈴が鳴ったのに、まだ調査地の説明をしていたりすると、もう駄目である。心配で話の内容も頭に入らない。時間を超過してまだ話をしているのを聞くと、今度は腹が立ってくる。いったいこいつはいつまでしゃべるつもりなんだ。

 それで、時間どおりに発表するための方策はというと、これは練習する以外にない。なーんだ、というなかれ。時間をはみだす人はやはり練習していないのである。私はというと、もちろん練習する。パワーポイントを作っているときから練習が始まっているから、何回と言われても困るが、何度もやる。その途中でスライドを書き直したりする。最終的にパワーポイントが出来上がってから、数回練習する。原稿は見ない。本番で見ないだけでなく、練習の時も見ない。見ないと言ったら見ない。スライドの順番は頭に入っているから、それ以後の練習は映してみなくてもできる。飛行機の中などで何度か、頭のなかにスライドを映して、口のなかでもごもご練習する。

 それ以外に人前でも練習したほうがよい。うまく説明したつもりでも、誤解されていることなどが出てくる。そうするとスライドから作り直すことになる。前にいた試験場では、研究室で1度、試験場全体で1度、発表練習会をやった。大学に移ってからは、学生諸君に発表練習させて、その隙間に自分の練習も潜り込ませた。一応先生だから、あまりみっともない発表も出来ない。さすがにこれだけ練習すると、全員時間には正確になる。というわけでもないんですよ。注意しても、時間どおりにやることがそれほど重要なことかな?といった顔をしている人もいる。さすがに反論はしないけれども。それより内容が充実してなきゃいけないんじゃないでしょうか。もちろんそうなのだが、内容は形式にともなう、というか、形式は内容に先立つといっていいかもしれない。つまり形式をしっかりしなければ内容などはないのだと、僕は思うのだが。

 今大会で時間オーバーした人は、来大会の持ち時間を差し引かれる、というルールはないから、世の中厚かましい者勝ちだ。というふうなことが、「研究者はやる気と厚かましさだ」という菊沢誤録として伝えられているのかもしれない。研究者に必要な厚かましさというのは、知らないことを誰にでも平気で尋ねることができる能力というつもりだったのだが。それはともかく、持ち時間の持ち越し制ということは、大会が企画委員会で運営されるようになった昨今、実現されるかも知れません。皆さんそのつもりでご注意。

▲今回の挿し絵は去年モントリオールでスケッチしてきたアメリカアカナラのドングリです。