| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨
ESJ72 Abstract


第29回 日本生態学会宮地賞/The 29th Miyadi Award

植物の種形成における地理・生態・時間的隔離の役割
The roles of geographic, ecological, and temporal isolation in plant speciation

阪口 翔太(京都大学大学院人間・環境学研究科)
Shota SAKAGUCHI(Graduate School of Human and Environmental Studies, Kyoto University)

 生態的種分化では,分岐選択を受ける形質やそれと相関する形質によって集団の隔離が進行する。定着した環境から移動できない植物では,分岐選択により異なる適応性を持つ集団が生じやすい。こうしたエコタイプが種分化に至ることは想像に難くないが,分岐選択が局所適応にとどまらず隔離をもたらすかどうかは,選択自体の性質に加え,地理や時間,遺伝的要因といった非生態的要因も考慮して検証する必要がある。本講演では,私がこれまでに取り組んできた実証研究を紹介しながら,植物の種形成における地理・生態・時間的隔離の役割について論じてみたい。
 東アジアの温帯樹種の系統地理研究では,第四紀の気候変動による分布の拡大・縮小が,オーストラリア全土に分布するヒノキ科針葉樹の集団遺伝学的研究では氷期の乾燥化が地域集団の動態を規定したことを明らかにした。こうした知見は,地理的障壁の存在下で環境変動にさらされることが、広域に分布する植物集団の独自性を形成する上で重要であることを示唆している。一方,日本の多雪地帯に生育する植物25種の系統地理解析では,種間で共通する地理的隔離の影響だけでなく,種の生態特性(生活型,種子散布様式,分布の多寡)も集団分化に影響を与えたことを,メタ解析によって示した。種子散布の影響については,屋久島の高山帯で矮小化し,種子散布量が減少したキク科草本で集団分化が促進されていることを示した。
 分岐選択の隔離効果を検証するために,特殊土壌や渓流帯でのエコタイプの進化を調査した。キク科アキノキリンソウでは,北海道の超塩基性岩土壌帯において,有害イオンの体内分配や耐乾性が異なる土性エコタイプが平行的に分化している。一般集団とのゲノム比較では,イオン輸送体遺伝子を含む一部領域のみが分化し,それ以外の領域では遺伝子流動によって分化が抑制されていた。一方,一部の超塩基性岩集団は,夏季の旱魃を回避するために初夏に開花する性質を進化させており,この集団では隣接する一般型との間でゲノム全体が隔離されつつあることが分かった。同様に,渓流帯エコタイプにおいても,一般型との間で開花期が異なる沖縄本島の集団でのみ,ゲノムの隔離が進行していた。こうした知見は,環境適応の副産物として進化した開花期の違いが,局所スケールでの生態的種分化の段階を進めるうえで重要な役目を果たしていることを示唆している。


日本生態学会