| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第72回全国大会 (2025年3月、札幌) 講演要旨 ESJ72 Abstract |
第2回 日本生態学会自然史研究振興賞/The 2nd Natural History Award
生物多様性の把握は生態学の基盤であり、そのための自然史研究は欠かせない。大学や研究機関に限らず、民間企業の立場からも自然史研究を進めることが求められる時代となっている(はずである)。私は、建設コンサルタント会社の研究所に所属しながら、幸運にも海洋生物に特異的に付着するフジツボ類を対象とした分類・生態学的研究や、本草学資料を用いた過去の生物多様性復元研究なども細々と続けることができている。このような特殊な生物を対象とした研究は例外的であるとしても、民間企業における環境影響評価や生物相調査を通じて、多くの貴重な生態情報が業務報告書として蓄積されている(はずである)。こうした記録を埋もれさせることなく、論文や報文として共有できる仕組みの重要性を感じ、同様の考えを持つ仲間たちと「ニッチェ・ライフ」というオンライン雑誌の発行に参画している。本誌は、論文とするほどではないが報告に値する記録を、誰でも無料で投稿・閲覧できる形で公開する。査読付きではないものの、研究経験のあるエディター陣による報文フォーマットと新規性の確認を経た上で公開される(たまにリジェクトされる原稿もある)。本講演では、「ニッチェ・ライフ」の活動と民間企業での自然史研究の意義を議論したい。
このような記載的研究の重要性は、日本生態学会で自然史研究振興賞が設立される程度には認識されるようになった(はずである)。一方で、こうした研究が高IFの学術誌に掲載される機会は少なく、職業研究者が取り組むモチベーションは相変わらず希薄である。市民科学として記載的研究を一般の方々に委ねる向きもあるが、非・職業研究者への具体的なメリットは不明瞭で「やりがい搾取」とさえ受け取られてしまう現状である。
かつて伊藤嘉昭は、国際的に評価される論文を英語で発表し続けることの重要性を説いた。その結果、現在では学部の卒業論文から国際誌に査読付き論文として発表することは今や当たり前の風景となっている。ここでは、これまで枚挙主義的と軽視されてきた自然史研究の重要性を改めて主張したい。自然史研究振興賞は、まず10年分の原資をもとに運営されているという。第10回の受賞者が決定する頃には、学会賞で振興する必要もなく、誰もが記載的研究を報告し続けることが当たり前になっている未来を期待している。