| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


シンポジウム S01-4

環境とゲノム

高畑 尚之(総研大・先導科学)

ゲノムの時代になったとはいえ、ヒトや類人猿に特有な新しい遺伝子は見つかっていない。ヒトと類人猿のゲノムはよく似ているが、形態や生理は大いに異なっている。ヒトに特異的な特徴としては、直立二足歩行、平坦な顔面、体重に不釣り合いなほど大きな脳、言語能力、好奇心、薄い体毛などがある。このうちのいくつかは類人猿では幼児期に見られるので、類人猿では大人になるのに必要な遺伝子がヒトでは退化した結果かもしれない。実際、ヒトあるいはヒトを含む類人猿で特異的に退化した遺伝子がある。これらの遺伝子はゲノム中に1コピーしかないので、退化すれば代用となるものはない。にもかかわらず、失われるどころか集団全体に広がった。本講演では、「環境との関係で冗長となった遺伝子の退化による生物の進化」という仮説を述べる。一見逆説めいたこの仮説は、進化が「適応的なものの生き残り」とするダーウィンの自然選択説や、「無害なものの生き残り」とする木村資生の中立説と矛盾しない。無用なことはしないほうが効率よかったり、生存上まったく影響がなかったりするからである。ただし、何が無用であるかは、ゲノム環境や周りの物理環境に依存して決まる。また、無用となり退化した遺伝子の蘇生は、原則として起こりえないという点で、ゲノムレベルの進化は不可逆的となる。ヒトは、過去600万年にわたってヒトを取り巻く特殊な環境との関係性で進化し、ゲノムは不可逆的に変容してきた。このようなゲノム進化の特徴は、これまで地球上に存在した多くの生物にもあてはまり、急激な環境変化がなぜ生物を絶滅に追いやるかも説明する。もしこうした考えが正しければ、ゲノムから読み取るべきメッセージのひとつは、「自らがつくり出している環境の大変動に対してヒトの運命も例外ではありえない」という警告である。

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