| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


企画集会 T04-2

植食性昆虫の系統・進化学的研究とDNA バーコーディング

吉武 啓(東大・院・総合文化)

DNAバーコーディングとは,特定の遺伝子領域の短い塩基配列(DNAバーコード)を用いた生物の同定法である.標準化された方法で得られた同質のデータによって多様な分類群の同定が可能なことがその最も大きな特徴であり,形態差に乏しい種や顕著な性的二型を示す種,未成熟個体など,これまで同定困難だった生物の識別に非常に有用である.

DNAバーコーディングのコンセプトや実用性等に関しては,これまで様々な立場から幅広い議論が交わされて来た.当初こそ,DNAバーコードを「万能薬」であるかのように誤解する向きもあったが,その実用限界を示す研究例が次々に発表され始めるに至り,「既知種の同定や隠蔽種の発見を促進する一手法」としての位置づけが明確化されつつある.

一般に,系統・進化学的研究においては,短い遺伝子断片に過ぎないDNAバーコードのみに基づく解析では,情報量不足で信頼性の高い系統仮説が得られないと言われている.しかしながら,DNAバーコードは系統情報を得るのに全く役に立たないわけではなく,研究の対象や目的によっては,それだけで十分な結果が得られる場合も少なくない.また,本格的な研究を始めるにあたり,DNAバーコードを用いて対象群の予備的な系統解析を行うことで,そのグループの系統や進化に関する問題点を浮き彫りにし,その後の方針を決定することができる.つまり,DNAバーコーディングによって,研究のきっかけが得られるだけでなく,作業仮説に基づく合理的な研究計画を立てることが可能になるのである.

本講演では,主に私の専門である植食性昆虫についていくつかの事例研究を紹介しながら,系統・進化学的研究におけるDNAバーコーディングの利用法について議論したい.

日本生態学会