| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨


シンポジウム S22-5

安定的に貯留される土壌有機物の化学的実態:化学構造的特徴および蓄積メカニズム

平舘俊太郎(農環研)

土壌生態系へと投入された有機炭素は、大部分が数年以内にCO2として大気中に放出されるが、一部は微生物等の代謝を受けてもなおCO2とはならず、逆に複雑で安定な高分子有機化合物として土壌中に貯留されていく。これらの安定化された有機化合物群は腐植物質と呼ばれ、土壌学分野では古くから研究されてきた。腐植物質は、土壌の生成過程を反映・記録している土壌にユニークな存在であり、土壌が示す重要な物理的・化学的特性の多くを担っている。

日本の火山灰土壌の表層には黒味の強い腐植物質が多量に蓄積されており、その様相から「黒ぼく土」と正式に名付けられている。一般に、腐植物質は土壌中にて安定化過程を経るごとに糖鎖構造は減少し、逆にベンゼン環等に由来する二重結合性炭素およびカルボキシル基構造は増加する。黒ぼく土の腐植物質は、後者が高度に濃縮された化学構造を持っていることから、腐植化過程をより多く経たと考えられる。ベンゼン環構造は微生物にとって利用しにくい形態であることから、長期的な安定性に寄与していると考えられる。一方のカルボキシル基は、FeやAlといった土壌中の金属元素と化学的に安定な結合を形成できる。黒ぼく土表層は比較的新しい火山灰を豊富に含んでおり、これらがFeやAlを容易に放出し、腐植物質中のカルボキシル基と安定な複合体を生成させていると考えられている。

最近、火山灰土壌の腐植物質は、多くが草原植生の影響下で生成され、その草原植生は人為によって維持されていた可能性が指摘されている。黒ぼく土の生成に何らかの人為的行為が関わっていたのか、であればそれは何だったのか、あるいは草原植生は黒ぼく土生成に必須なのかなど、今後の炭素貯留へ向けたヒントがまだ数多く土中に埋まったままのようである。


日本生態学会