| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 3

撹乱生態学が繙く森林生態系の非平衡性

森 章 (横浜国立大学大学院環境情報研究院)

近年,森林生態系は,その構成・構造・機能が絶えず変動し,画一的な定常状態(steady-state)や 平衡点(equilibrium)に達することは極めて有り得ない(very unlikely)と考えられるようになった。こ の森林生態系の“非平衡性(non-equilibriumness)”を司る主要因として,自然撹乱が挙げられる。 自然撹乱体制を明らかにすることで,森林生態系の動態がより明らかになってきた。

ところで,森林は陸域の自然環境における代表的な構成要素であるので,遺伝子から生態系に到る までの様々なレベルにおける生物多様性を潜在的に含んでいる。そのため,森林生態系やその高 位の地理的スケールにある景観に内在する自然撹乱体制を中心とした,自然本来の動的プロセス を尊重し,生態系の構造や機能を健全に保全することは,多様なレベルにおける生物多様性の包 括的な保全に貢献し得るとも考えられている。この応用生態学的観点からも森林の撹乱体制を定性 的,定量的に評価し,森林生態系の非平衡性を明らかにすることは重要である。

そこで本講演では,寒温帯(亜高山帯や北方帯)の森林生態系において見受けられる非平衡性に 着目している。ここで述べる非平衡性とは,群集や個体群の動態,林冠撹乱体制,景観構造など, 森林が持つ様々な特性の大幅な変動性のことである。例えば,亜高山帯では,数十万ヘクタールに 渡って森林が大規模に焼き尽くされる森林景観から,林冠層の樹木個体の単木レベルでの枯死が 主要な動態要素となる老齢林まで,さまざまな規模の森林撹乱が複合的に作用することで成り立つ 多様な森林がある。この亜高山帯林における撹乱コンティニューム(disturbance continuum)の中 で,どのような非平衡性が見られ,それぞれの森林生態系がどのように動的に維持されているのか について概説したい。

参照: 森 章 (2007) 生態系を重視した森林管理 - カナダ・ブリティッシュコロンビア州における自 然撹乱研究の果たす役割 -. 保全生態学研究 12:45-59.

.異なる自然撹乱体制下にある 森林.ともに,寒温帯に属する針 葉樹林である.それぞれが,撹乱 コンティニューム(大規模な破壊 的撹乱〜最小規模の動態)の両 端に位置する. )大規模な林冠火事後に遺された立ち枯れ木.山火事から3年後の様子. )火事とはほぼ無縁な多雨林. 時に撹乱が無い(undisturbed)と表現される, このような安定した森林では,単木レベルの枯死によるパッチ動態(patch dynamics)が卓越する.

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