| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年3月,東京) 講演要旨


一般講演(ポスター発表) P1-054

気候のランダム変動とトレンドのもとで生物の分布限界はどう動くか

竹中明夫(国立環境研)

生物の分布範囲は、温度要因に強く影響されて決っていることが多い。したがって、氷期・間氷期の変化や、人間活動にともなう地球の温暖化は、生物の分布範囲に影響を与えると推定される。

ところで、長期にわたる温度変化のトレンドがある場合でも、年ごとのランダムな気候の変化は小さくない。100年で平均気温が2度上昇するとすると一年あたり0.02度だけ暖かくなる。そのいっぽうで、日本での年平均気温の標準偏差は 0.2度以上と一桁大きい。そうしたトレンドとランダム変動が重なる状況のなかで生物の分布限界はどのような動態を示すのか、簡単な計算機シミュレーションにより調べた。

温度勾配がある1次元の空間中に生物が分布していると考える。毎年の温度環境は長期トレンドに年ごとのランダム変動を加えて決める。固着性の生物を想定し、繁殖子の散布距離、寿命、一回繁殖か多回繁殖かを生物の特性として設定した。年ごとの気温が一定の値よりも低い場合、新個体の定着に失敗すると仮定した。

シミュレーションの結果、一年生・一回繁殖の生物の場合、散布距離が大ければ分布限界は気候のランダム変動によく対応した変動を示した。一方、散布距離が短いと、生物の限界はまれに起こる寒い年に分布域を狭められた状態からの再拡大過程にあることが多い。そのため、たとえ長期的な温度上昇トレンドがなくとも、あたかも温暖化にともなって分布が拡大しているかのような経時パターンを観察する頻度が高くなる。

また、長寿命で多回繁殖の生物の場合、分布限界はまれに起こる暖かい年に拡大したあとは、定着個体の寿命に達して死亡するか、さらに暖かい年があって分布が拡大するかしないと分布限界は動かない。温度上昇トレンドがあっても、分布限界の変化を検出できない可能性が高い。

これらの結果は、気候変動による分布範囲の変化を検出するには注目する生物の生活史特性を把握する必要があることを示唆している。


日本生態学会