| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


シンポジウム S07-3

地域社会とのかかわりを繋ぐ湖沼の自然再生-釧路湿原湖沼と霞ヶ浦を例に

高村典子(国立環境研究所)

湖沼生態系は,窒素・リンという生物資源のボトムアップ効果を受けると同時に,上位捕食者のトップダウン効果を受ける.前者は,主として流域の人間活動による窒素とリンの負荷という,いわば,湖沼生態系が「開放系」であることを強く意識させる特徴である.後者は,主としてヒメマス,ワカサギなど,重要な漁業資源であるプランクトン食魚の摂餌生態を通じて働く,湖沼生態系の「閉鎖系」としての特徴である.これらの特徴は,湖沼生態系を制御する要因が,上流域と湖という異なる空間スケールで生起することを意味しており,社会では,流域の農業者と湖の漁業者との対立となって現れる.

さらに,湖沼生態系は,リンと鉄との化学反応特性や水生植物の生態機能(栄養塩の吸収と蓄積,底泥の安定化など)を反映して,履歴効果を有し,生態系の変化が突然あらわれ,また,原因を取り除いてもその回復が表れにくい系でもある.そのため,回復のための時間スケールを予測する科学が必要である.私たちの思考や価値判断は,どうしても人間の一生という時間スケールで考えるが,湖沼生態系の保全・管理・再生には,常に時空間スケールを考察し,それに配慮し克服していくような手法や制度設計が求められる.

現在の湖沼生態系サービスには,直接,貨幣価値に換算できる供給サービスとして,水資源と漁業資源(これらは,水利権と漁業権という制度下にある.)があり,これらは,トレードオフの関係にある.水を利用する側と漁業を営む側が望む湖沼生態系の姿は異なるため,ここでもコンフリクトが生じることになる.

このように湖沼生態系は,人間社会に様々な対立を生む自然科学的な特徴を内包しており,その再生は困難を極める.そうした点をどのように突破していくのかについては,1)共通の別の関心事をもつことや,2)第3の価値の重みを強化し,第3のステークホルダーを育てる,などがある.


日本生態学会