| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


シンポジウム S10-1

コオロギの闘争行動と順位形成:神経生理学から行動学へ

青沼仁志(北大・電子研)

動物が状況に応じて行動する脳の働きを理解するには,受容した感覚刺激から重要な情報を抽出し,その情報を記憶と照合して状況に応じた行動を発現する制御信号を生成する生理機構を明らかにする必要がある.ところが,細胞・神経回路・個体行動の各階層における研究の知見は詳細ではあるが,時空間的に断片的なものとなっている.行動学実験や生理学実験の結果に基づいて動的なシステムモデルを構築し,その妥当性を計算機シミュレーションで検証することで,各階層間のギャップを埋めるひとつの方法論について紹介する.

個体が,他者が存在する環境下(社会)で,状況に応じて行動するメカニズムを理解するため,クロコオロギの闘争行動を題材に研究を行った.コオロギは,体表フェロモンにより相手を識別し,遭遇した相手がオスであれば威嚇行動をとり,相手が退かなければ噛みつき合いの闘争へと発展する.闘争の結果,勝者と敗者の間には優劣関係が形成され,敗者は,闘争が終結して数時間は他のオスに遭遇しても相手を威嚇したり攻撃したりすることなく忌避行動をとる.この行動変容には,脳内神経修飾物質である一酸化窒素(NO)シグナル伝達系や生体アミンのオクトパミン(OA)が機能的に働くことが重要である.薬理学的な操作で脳内のNOシグナル伝達系を阻害すると,敗者個体の攻撃に対するモチベーションが上がり,OAを阻害すると反対に減衰した.一方,脳内OAを計測すると,闘争に敗れた個体で有意に減少することが分かった.さらに,薬理学的に脳内NO濃度を増加させると脳内OAは減少した.これらの知見をもとに,個体が社会環境の変化に応じて攻撃性を変容させる神経生理機構の動的システムモデルを構築し,シミュレーション実験でその妥当性を検証した.その結果,社会適応を創り出すメカニズムとして,個体間相互作用と脳神経系に内在する多重フィードバック構造の重要性が明らかになった.


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