| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 3

生物群集と環境のフィードバックループ:微生物の多様性の役割

三木 健 (國立台湾大學海洋研究所)

生物集団は環境改変作用により周囲の環境に影響を与え,その結果生じた環境の変化は反作用として生物集団の変化を促す.ここでは,この作用と反作用を生物群集と環境のフィードバックループと呼ぶことにする.「生物群集と環境のフィードバックループが生態系を形作っている」という生物を中心に置いた生態系観は,生態学者にとっては非常に魅力的なものであろう.しかし実際のところ,このフィードバックループはどれほど強固に機能しているのだろうか?

その一例として,陸上植物群集と土壌環境のフィードバックループについて考えたい.植物は大きな環境改変作用を持っており,植物群集内で優占する種の形質が生態系の構造と機能に大きな影響を与えている.特に落葉の分解されやすさは,葉の化学的・物理的性質によって大きく異なるため,植物は土壌中で無機化速度を制御し土壌環境を変えることができると考えられている. 植物による土壌環境の改変は植物群集にフィードバックし,植物種間の競争の優劣を逆転させる可能性がある.

多様な植物がすべて自種に有利になるように土壌環境を変える(=正のフィードバックを生じさせる)とすると,植物はこの土壌改変作用を介して間接的に邪魔をし合い,植物の共存は難しくなるだろう.また,植物の形質と土壌環境のつながりが強いとすると,気候変動や食害量の変化などによって植物の形質が二次的に変化すれば土壌環境も簡単に変わってしまうだろう.

しかし,事実として,実際の多くの森林生態系では多様な植物が共存し土壌環境も急激な変化を見せないようだ.したがって,上記の理論的予想と現実とのギャップは,自然生態系には何らかの機構が隠れていて,植物による土壌改変作用を弱め正のフィードバックを抑えて安定性を高めていることを示唆している.そこで本講演では,落葉の分解過程を担う土壌微生物群集内の機能群の多様性を加味した生態系モデルを用いた研究をもとに,「微生物の多様性が,植物による土壌改変作用を弱めるような緩衝効果を持っている」という仮説*を提案したい.

最後に,これまでの群集理論の発展もふまえて, 生物群集と環境のフィードバックループ,生物がさまざまな階層(個体・個体群・群集)で持つ緩衝効果と,生態系の安定性(レジリエンス)の関係について議論したい.

*この仮説の検証については共同研究者による口頭発表 [D2-01] をお聴きください.

日本生態学会