| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第59回全国大会 (2012年3月,大津) 講演要旨
ESJ59/EAFES5 Abstract


企画集会 T18-2 (Lecture in Symposium/Workshop)

農山村の庭先から広がる生物多様性との付き合い

大澤啓志(日本大学・生物資源科学)

我が国の農山村において、人間(文化)の領域から自然の領域への人間活動の強度による漸層的な空間配置は、“イエ-ニワ-ノラ-ヤマ-オクヤマ”と模式化される。そこにおける生物多様性との付き合い方は、まず人間の領域方向へのベクトルが想定される。その際、最も身近な外部空間、すなわち住民が「緑・自然」に最も密に接する場である庭先(ニワ)における生物多様性の取り込みとその生物資源利用の内実は、今後、より検討されるべきであろう。例えば我が国最古の歌集『万葉集』には、シイノキ、ヤブツバキ、ナデシコ、ハギ、ヤマブキ等を「(庭・家に)蒔く・植える」といった記述が数多く認められ、山採りの種子や株を庭先で育てる、すなわち人間の領域の中心近くに野生植物を取り込んで鑑賞あるいは生物資源利用していたと推察される。現代の状況として、栃木県馬頭地区、新潟県胎内地区での調査事例を報告する。馬頭地区では周囲の里山に約400種の維管束植物が生育するが、野山からの直接的な資源利用と庭先に生育させた後の資源利用の構成割合を明らかにした。ただし、高齢のヒアリング対象者は野生生物の多様な利活用法の知識・経験を有していたが、次世代においてはそれら生物資源利用の習慣は希薄であった。胎内地区では市街地から周辺農村域にかけての5宅の庭先の植物相とその利用割合を明らかにした。その際、農村域の丘陵地際の宅では多数の山菜植物を半野生的に置いており、周辺域の植物の多様性が人の生物資源利用の豊富さに関与する好事例が得られている。一方、近年の都市域での地域性種苗や在来野草類による緑化を評価する動きに対し、馬頭地区の農林家ではこれまで育林上の草刈り対象であった多様な植物に新たな価値を見出す例も観察されている。このように自然の領域方向へのベクトルも想定され、実際には双方向の動きの中で、住民の生物多様性との付き合い方が定位されると推察される。


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