| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第59回全国大会(2012年3月,大津) 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 1

複雑な生態系での多様性と進化を紐解く:形質介在型の間接効果からのアプローチ

内海 俊介(東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会特別研究員)

Untangling biodiversity and evolution in a complex ecosystem: perspective of trait-mediated indirect effects
Shunsuke Utsumi(Department of General Systems Studies, University of Tokyo)


生物は、生態系を構成する多様な種との複雑な関わり合いの中で生を営んでいる。この生物間相互 作用のネットワークの中で、生物群集が形成され、同時に進化が生じる。群集の形成と生物の進化が 密接に関連し合うことは1970 年代からすでに予測されていたが、両分野は乖離して発展してきたため、 実際に統合の機運が高まってきたのは最近のことである。

統合のためのキーワードに「形質(trait)」と「多種性(multispecies)」がある。形質に注目してきた のは進化生物学だが、群集生態学においても近年、生物の形質が相互作用の強さや方向に作用するこ とによって、群集の動態にまでその影響が波及することが広く認識されつつある。また、多種の相互 作用に注目してきた群集生態学に並んで、群集の構造が、ある生物種への自然選択の強さや方向に影 響を与えることも明らかになってきた。私はこれまで、ヤナギ上の昆虫群集をモデル系として、これ ら両方向の作用において、形質介在型の間接効果(trait-mediated indirect effect)が重要な役割を果たし ていることを明らかにしてきた。

さらに最近、局所群集の種多様性が、群集内の種の形質進化に大きく関わっていることを突き止めた。 植食性昆虫の被食に対するヤナギの再生長という誘導反応に注目すると、植食性昆虫の種多様性が高 いほどこの反応が強くなる。再生長反応が強い場合、ヤナギのフェノロジーが大きく変化し、常に新 葉が生産されるようになる。すると、ヤナギ上でもっとも優占的な植食者の一種であるヤナギルリハ ムシにおいて、極端に新葉を好む摂食形質が進化していることが明らかになった。逆に、植食者の種 多様性が低い群集では、好みを持たないハムシが進化していた。本講演では、この実証研究をもとに、 多様性がニッチ構築(niche construction)を通して群集内の生物の進化を促進するという仮説を提案し たい。すなわち、局所群集の種多様性の違いに依存して、ある特定の生物的・非生物的環境が規定され、 そのプロセスを通して群集内の生物の進化が促される、ということである。

最後に、適応進化がもたらす群集へのフィードバックを含む、今後の展開について議論したい。

A ガの食害後のヤナギの再生長。矢印が、この反応で新たに生産された側枝。頂芽への損傷 無しに生じる。
B 極端に新葉を好むヤナギルリハムシと C 葉齢への好みを持たないハムシ

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