| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第60回全国大会 (2013年3月,静岡) 講演要旨
ESJ60 Abstract


一般講演(ポスター発表) P1-064 (Poster presentation)

高緯度北極に生育する地衣類の水利用と光合成活動の解明

*井上 武史(総研大), 工藤 栄(総研大, 極地研), 内田 雅己(総研大, 極地研), 田邊 優貴子(東大), 小杉 真貴子(極地研), 井上 正鉄(秋大), 神田 啓史(極地研)

高緯度北極に生育する地衣類の光合成活動は生育可能期間の水制限下にあると指摘されているが、野外環境下での水利用と光合成活動の実態は明らかでなかった。本研究は高緯度北極ニーオルスン東ブレッガー氷河後退域の無雪期間において優占地衣類5種の着生基物の違いや地衣体外部・内部形態差による水環境の差と光合成活動の関係解明を目指した。調査域の無雪期間には微量の降雨が1週間程度の間隔で生じ、降雨停止から数日で大気中湿度は低下し、ほとんどの地表構成要素中の自由可動水が失われていた。降雨後数日間は、表面積/乾重の大きな樹枝状地衣4種は夜間から早朝の弱い光環境で、周期的に湿度飽和となる大気から水蒸気を獲得し含水比を高めて光合成を行っていた。これに対し、最も湿潤な環境をつくるクラストに広い面積で着生する固着地衣Ochrolechia frigidaは着生基物から水が供給され、日中の強光時にも光合成が保たれていた。吸水状態での地衣類の光光合成応答性は共生藻の特徴が強く表れ、樹枝状地衣4種は弱光適応型、O. frigidaは強光適応型の応答を示した。樹枝状地衣Cladonia属の共生藻は地衣体表面に配置され、低含水比でも光合成を停止させないのに対し、樹枝状地衣他2種の共生藻は保水効果をもたらす上皮・下皮構造に囲まれた髄層中に配置され、光合成が停止する含水比はCladonia属の共生藻に比べ大きなものであった。またO. frigidaの共生藻は上皮構造によって大気側が遮断され、低含水比時で最も光合成を停止させない性質を示した。以上の結果より、無雪期間乾燥化進行時での地衣類の光合成活動は外囲水環境への接し方とその調和的な共生関係によって営まれているものと結論される。


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