| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第60回全国大会 (2013年3月,静岡) 講演要旨
ESJ60 Abstract


シンポジウム S10-2 (Lecture in Symposium/Workshop)

北方針葉樹トドマツの標高に沿った適応的形質とその遺伝変異

石塚 航(東大・総合文化)

亜寒帯気候に属する北海道では,針葉樹トドマツ(モミ属,Abies sachalinensis)が代表種として森林を構成し,標高差1,000m以上の幅広い垂直分布を示す.その中央山岳地域に広がる東京大学北海道演習林では,標高間相互移植試験や標高間の人工交配苗を用いた次代検定試験が1970年代に開始されており,樹木で自然集団の標高適応の実態に迫ることができる貴重な試験となっている.本発表では,生育する標高環境,もしくは遺伝的背景の違いによってトドマツがどのように応答するか調べたこれまでの研究を概説し,本種の標高適応に関連する形質とその遺伝変異について考及する.

相互移植試験ではまず,移植個体のパフォーマンス(成長・生存)を計測し,自生環境において各集団が有利なパフォーマンスを示していることを実証した.続いて,試験の生存個体の一部から枝葉を採取して耐凍性評価を行い,秋の低温馴化(耐凍性獲得)や成長休止タイミングといったフェノロジー(季節性)に標高クラインが認められることを実証した.さらに,次代検定試験で育つ人工交配苗の一部が繁殖を開始したため,開放受粉種子を採種し,その種子から得た苗をF2とみなした共通圃場試験を新たに行った.F2群が示す苗高,フェノロジー,耐凍性といった諸形質値の分散と親の遺伝子型組成との対応を調べ,相互移植試験から示唆された適応的形質の変異が確かに遺伝的基盤の変異に基づくことを確かめた.一連の研究から,北方針葉樹のトドマツは高標高集団ほど成長期間は短く,成長量も少ない一方で,耐凍性獲得時期が早い傾向があり,低標高環境よりも,気候条件の厳しい高標高環境での生育に有利だとまとめられた.成長と抵抗性の間のトレードオフ,標高傾度に沿って変化する選択圧,これらが局所環境への適応進化に深く関わったのだろうと考えられた.


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