| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第61回全国大会(2014年3月,広島) 講演要旨


日本生態学会宮地賞受賞記念講演 2

森と川を紡ぐ細い糸:寄生者を介した生態系間相互作用

佐藤拓哉(神戸大学大学院理学研究科)

 寄生者は自然界に普遍的に存在し、既知の生物種の約半数を占めると言われている。また、寄生者は現存量においても群集内で大きな割合を占めることが明らかになり、食物網内を流れるエネルギー流やその複雑さを改変することで、群集の安定性にも影響する可能性が指摘されている。しかしながら、野外の生態系において寄生者の役割を実証した例はほとんどなく、寄生者を取り入れた群集理論は十分には構築されていない。

 私は、成熟したハリガネムシ類(類線形虫類)に寄生・行動操作されたカマドウマ・キリギリス類が、晩夏から秋にかけて山地河川に大量に飛び込み、河川の高次捕食者であるサケ科魚類の餌資源となっていること(以下、寄生者介在型エネルギー流)を発見した。この寄生者介在型エネルギー流は、イワナ個体群の年間総摂取エネルギー量の約60%を担っている場合があった。これらの野外観測結果に基づき、寄生者介在型エネルギー流を低下させる大規模野外操作実験を実施したところ、河川の栄養カスケードの強化や落葉分解速度の低下が確認された。すなわち、寄生者介在型エネルギー流は、季節性をもつ量的に重要なエネルギー流となって、隣接する生態系の生物群集や生態系に大きなインパクトをもたらすことが実証された。

 寄生者介在型エネルギー流をさらに広範囲の地域で調べたところ、本州・九州と北海道の間で大きく異なるパターンが見られた。すなわち、両地域ではハリガネムシ類の優占種が大きく異なり、それらの宿主として本州・九州ではカマドウマ類・キリギリス類が8-10月に河川へ誘導されているのに対して、北海道ではゴミムシ類・シデムシ類が6-7月に河川へと誘導されていることが明らかになった。これらの結果は、寄生者-宿主関係の地理的変異が間接的に、森林と河川が繋がる季節性にも地理的変異をもたらしていることを強く示唆する。群集動態に関する最新の理論は、生態系をまたぐ資源移動の季節性が群集の安定性を規定する主要な要因になりうると予測している。

 生態学の理論的進展において、モデル生物・生態系を扱った研究が大きな貢献を果たしている。しかし一方で、これまで見過されてきたような生物を対象にした研究が思わぬブレイクスルーを生み出すこともあると思う。今後もハリガネムシ類に関する研究を続ける中で、群集生態学の理論的進展に寄生者の役割を取り入れる研究を展開していきたい。

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