| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第62回全国大会 (2015年3月、鹿児島) 講演要旨
ESJ62 Abstract


シンポジウム S03-1 (Lecture in Symposium/Workshop)

ウナギの降河回遊生態と保全管理の課題

海部健三(中央大)

複数の局所個体群から構成されるメタ個体群を形成する生物種では通常、劣化した環境では移出や死亡数の増加によって個体数が減少し(シンク)、場合によっては局所絶滅に陥る。しかし、成長と再生産に適した環境であれば出生数が移出・死亡数を上回り、ソースとして周囲の局所個体群に個体を供給する。このような生物の場合、局所個体群の絶滅は、当該種の存続の危機を知らせる重要なシグナルとなり得る。また、絶滅が危惧される状態に陥った場合には、ソースとなる局所個体群を有する地域を優先的に保全することによって、個体群全体の個体数を増加させることが可能である。

現在その絶滅が危惧されているニホンウナギは、種全体が単一の任意交配集団から構成されており、遺伝的に異なる局所個体群を形成していない。本種は降河回遊魚であり、東アジアの様々な成育場より太平洋の産卵場へ移動して産卵を行い、そこで産まれた次世代の個体は、再度東アジアへと受動的に輸送され、沿岸域の成育場へ加入する。漁獲圧が非常に高いか、または成育場として適切でない環境にも、毎年新しい世代が加入するため、ニホンウナギでは局所絶滅が生じにくい。このことは、本種の保全が後手に回っていることと無関係ではないだろう。また、新しい個体が生み出されることはなく、常に出生数を移出・死亡数が上回る成育場は、シンクとみなすことができる。本種が利用している環境のうち、人間が直接保全努力を払える場所は河川などの成育場であり、外洋に存在する産卵場を管理することは難しい。このため、ニホンウナギの保全活動は、シンクを守る行為となる。

ニホンウナギの特殊な生態のため、局所絶滅を個体群の危機を知らせる重要なシグナルとし、ソースの保全を優先事項として掲げてきたこれまでの野生生物の保全策を、本種にそのまま適用することは難しい。


日本生態学会