| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第62回全国大会 (2015年3月、鹿児島) 講演要旨
ESJ62 Abstract


シンポジウム S11-3 (Lecture in Symposium/Workshop)

昆虫の眼(目?)から見た花色変化

大橋一晴(筑波大学)

被子植物の中には,繁殖を終えた古花を,蜜などの報酬を送粉者に提供せずに,花弁の色を変えて長く維持するものがある。この「花色変化」は,古花の維持により株を大きく目立たせて遠くの送粉者をおびき寄せ,かつ報酬量に応じた色の変化により近くまできた送粉者に古花を回避させることをつうじ,花粉の運搬効率を高める植物の戦略とみなされてきた。このような効果は,視覚情報をたよりに花を訪れるほぼすべての送粉者について期待できるはずである。にもかかわらず,自然界で花色変化がさほど一般的でないのはなぜだろうか。

演者らはこの疑問に答えるため,早春〜晩秋に開花した219種の植物について,終花前日までの花色(反射光波長スペクトル)の変化を,ハナバチ類,チョウ類,ハエアブ類の色覚系にもとづく変化量として推定した。その結果,昆虫は紫外光を感知できるため,ヒトよりもひんぱんに花色変化を認識していることがわかった。その一方で,訪花者にハナバチ類を多く含む植物種は,系統によらず色変化量が大きいこと,花色の変化は,ハナバチ類が遠くはなれた物体の認識に用いる緑受容体コントラスト(緑受容体に与える刺激成分)を保持しつつ,彼らが近くにある物体の認識に用いる色コントラスト(彩度)を下げる方向に起こることもわかった。

これらの結果は,花色変化には,特定の餌場に固執する性質をもつハナバチ類がもたらす別の利益が存在する可能性,あるいは古花の維持により株を大きく目立たせ,送粉者を遠くからだまして誘引するという戦略が,遠方の物体を緑受容体コントラストだけで認識する(つまり遠望に色覚を使わない)ハナバチ類のような昆虫にしか通用しない可能性を示唆する。距離に応じた色受容体の利用における種間差はまだ十分に調べられておらず,昆虫の色覚特性またはバイアスが花にもたらす形質進化という観点からきわめて興味深い。


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