| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第62回大会(2015年3月,鹿児島) 講演要旨


日本生態学会宮地賞受賞記念講演 1

生物多様性維持機構としての大型哺乳類をめぐる生物間相互作用

小池 伸介(東京農工大学大学院農学研究院)

 生態系での生物多様性の維持機構を解き明かすには、異種間の関係、つまり生物間の相互作用を明らかにしていく必要がある。特に複雑な生態系では、多くの種が様々な形で関わり合っている。ある種は資源をめぐって他種と競合し、ある動物は植物や他の動物を食べ、植物のなかには送粉や種子散布を通じて動物と関わりをもつ種も存在する。このような様々な種間関係が幾重にも重なりあい、生物多様性が維持されているといえる。

 私は主に森林生態系における生物多様性の維持機構について、中大型哺乳類をめぐる生物間相互作用、特に食肉目動物と樹木群集の種間相互作用を種子散布に焦点を当て研究を行ってきた。中でもツキノワグマをめぐる研究では、秋のクマの主要食物であるブナ科の果実生産量が年変動することで、クマの食性や行動が変化するだけでなく、同時期に結実する液果の種子に対するクマの種子散布効率(散布量、散布距離)も変化することがわかった。たとえば、ブナ科果実が凶作の年には、クマによる液果の種子の散布量が増加し、散布距離が20km以上という、鳥などの他の動物ではありえない景観スケールでの長距離種子散布の可能性が示唆された。

 この結果は動物が森林での樹木配置や樹木のメタ群集の形成過程に大きく関与していることを意味するとともに、その相互作用の強さが生物学的・非生物学的な環境条件によって大きく変動することを示すものである。実際の野外群集では時間的に稀で突発的な相互作用が群集形成に生態学的・進化的に大きな意味を持つ可能性がある。つまり、種間関係は固定的な関係ではなく、その時々の環境条件に応じて柔軟に変化することを示す。

 これまで大型哺乳類をめぐる野外研究は、大きな行動空間と長い生存時間をもつことから予測と実証に困難が伴い、またそれらと他種との関係は非常に複雑であることから、多くの研究者から避けられてきた存在といっても過言ではない。しかし、たとえば野外での動物行動調査、樹木の結実観察や操作実験と、室内での飼育個体への給餌実験など、様々な生物を対象とした野外調査と室内実験を的確な調査デザインをもって丁寧、かつ効率的に組み合わせることで、生態学に関する価値の高い知見を得ることは可能であり、確実に見えてくる真実はあるといえる。

日本生態学会