| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第63回全国大会 (2016年3月、仙台) 講演要旨
ESJ63 Abstract


企画集会 T22-2 (Lecture in Symposium/Workshop)

イヌワシを見せて守る・・・理想と現実

須藤 明子((株)イーグレット・オフィス)

日本イヌワシ研究会によると,日本全国のイヌワシの繁殖成功率は,1991年以降20%を下回る年が多くなっており,生息地から消滅するつがいも増加している。繁殖成功率が向上しなければ,日本のイヌワシ個体群は絶滅に向かうとされている。繁殖失敗の重大な要因は,獲物生物の減少ならびに狩場の減少による慢性的な食物不足と考えられている。このような好適生息環境の損失は,放置人工林の拡大,生息地でのダム・林道建設やウィンドファーム建設などに起因している。

一方, 必要なマナーを守れないカメラマンやバードウォッチャーが,巣に接近することによる繁殖失敗が依然として発生している。彼らはイヌワシの生態を知らないだけでなく,イヌワシへの悪影響を認識していても,より近くで見たい,より鮮明な写真を撮りたいという自己の欲求を優先させてしまいがちである。イヌワシの親鳥は,抱卵期や育雛期に人が不用意に巣に接近すると,危険を感じて卵や雛を置いて巣を離れてしまうことがある。親鳥が抱卵・抱雛しなければ,卵・雛は短時間に凍死してしまう上に,カラスなどの外敵に襲われる危険も増大する。

イヌワシの止まり場所や狩場などに,連日のように人が押し寄せ,イヌワシの行動を妨害する事例も各地で見られる。撮影のために保全区域の樹木を無断で伐採し,絶滅が危惧される希少植物を踏み荒らし,ゴミを投棄するなど深刻な例もある。このように,多くのイヌワシ生息地では,巣場所をはじめ生息地に関する情報を厳重に管理するしかない状況にある。

山形県鳥海山のイヌワシ生息地では,環境省猛禽類保護センターのイヌワシ観察会や小学校の総合学習によって,「見せながら守る」が実践されている。観察会は,イヌワシの生息状況や観察マナーについてのレクチャーとセットで実施されており,商業的な観察ツアーとは大きく異なる。


日本生態学会