| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第63回大会(2016年3月,仙台) 講演要旨


日本生態学会宮地賞受賞記念講演 2

新たな生物群集観:個体成長とニッチシフトの重要性

仲澤 剛史(国立成功大学生命科学系)

 生態学は「種」の概念にもとづいている。「種」ごとに特徴的な形質を記載し、「種」間の相互作用強度を測り、共存する「種」の数を数えてきた。これらの背景にあるのは「種は同質個体の集合」という考えである。しかし、これは便宜的な仮定であり、形質や相互作用の個体差は明確に普遍的に存在している。なぜなら地球上の多くの生物は個体成長する多細胞生物だからである。

 体サイズ(もしくは齢や生活史ステージ)は個体の最も基本的な形質であり、個体成長は繁殖や死亡などあらゆる形質の定量的な個体差を説明する(アロメトリー)。また、体サイズは適応度と密接に関連して餌や捕食者、生息地の定性的な変化も引き起こす(ニッチシフト)。しかし、個体成長やニッチシフトによる種内変異が群集構造にどう影響するのか、「種」の概念にもとづく生態学(とくに群集生態学)ではほとんど研究されていない。そのため生物多様性や生態系機能に関する理解も不十分なままである。

 生物群集は「種」でなく、異なる成長段階にある「個体」のネットワークと見なすべきかもしれない。では、この複雑なシステムを理解するにはどうすればいいだろうか。最も有望とされている方法は、相互作用している個体の体サイズの比率に着目することである。例えば、捕食者が利用する餌は大きすぎも小さすぎもせず、最適な大きさがあるはずである。それが分かれば「個体」間の食物網リンクを簡単に記述できるかもしれない。このパラメーターは「捕食者-被食者体サイズ比(PPMR)」と呼ばれている。それでも「個体サイズ」の群集生態学はまだ発展途上である。

 最も大きな障壁は「種の代表値を用いても問題ないはずだ」という固定概念かもしれない。本当に問題ないだろうか。種内変異を無視すれば様々な統計的問題が生じる(Jensen’s inequalityやecological fallacyなど)。一方で「種」の群集理論は生産性や複雑性の逆説を生み出し、生態学者は何十年もそれらの問題に取り組んできた。進化生物学では「進化は種の存続のために起こる」という考えは「進化の単位は個体(遺伝子)」という理解に置き換わった。このようなパラダイムシフトは生態学では不要だろうか。どうすれば可能だろうか。その結果、生物多様性や生態系機能の理解はどう変わるだろうか。相互作用は「個体」間で起こるにもかかわらず、なぜ生物群集は「種」間のリンクと定義されなければいけないのだろうか。

日本生態学会