| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨
ESJ65 Abstract


シンポジウム S16-6  (Presentation in Symposium)

分子生物学を用いた海洋生態学の展開

*津田敦(東京大学, 大気海洋研究所), 平井惇也(東京大学, 大気海洋研究所), 大西拓也(東京大学, 大気海洋研究所)

海洋に生息する浮遊生物は、基本的には顕微鏡的な大きさで、α多様性が高く、分布密度が低い生物群集であり、採集や飼育も容易ではない。また、分性生物学的なモデル生物もいないことから、近年発達著しい分子生物学的な手法の導入が遅れている生物群であった。このような状況の中で、短い遺伝子配列から比較的容易に種を同定するバーコーディング技術とデータベースが発達したことにより、大きな躍進を迎えつつある。本発表では、当研究室で行ってきた3例を紹介したい。
 浮遊生物の種同定は、成体の形態記述を根拠とし、幼体は成体との相同性から、観察者の経験的な基準でなされることが多かったため、形態が未分化な初期幼生では同定が困難であった。そこで、r-PCRを用いたバーコーディングを行い、亜寒帯で優占するNeocalanus属カイアシ類ノープリウス幼生を同定し初期生活史を解明した。
 浮遊生物は一回の曳網で数百種が採集され、その同定や計数には多くの時間を要した。このため、高機能シークエンサーを用いて、採集試料のDNAを一括して抽出し、特定遺伝子を網羅的に解析し群集構造を解析する手法を開発した。この手法を用いて太平洋海盆スケールでのカイアシ類群集の生物地理を明らかにし、海流構造、環境要因、進化との関係を明らかにする扉が開かれつつある。
 従来の形態観察からは、浮遊生物の生理状態を知る手掛かりは多くない。しかしRNAの発現解析をすれば、多くの情報が得られるはずである。そこで、飢餓を対象として、RNA-seqを行い、飢餓の遺伝子マーカを開発することを試みた。カイアシ類Calanus sinicus雌成体を対象とした実験では、卵黄タンパク前駆体vitellogeninおよびNADH-dehydrogenaseが有力候補となっている。
 これらの手法は、機器の発達、手法の開発、データベースの充実とともに、より高度化していくものと考えられ、200年続いた顕微鏡ベースの海洋浮遊生物生態学が大きく変わろうとしている。


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