| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨
ESJ66 Abstract


第7回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 7th Suzuki Award

種の境界と生物多様性の隠れたパターン
Hidden patterns in speciation continuum and biodiversity

山口 諒(首都大学東京大学院 理学研究科)
Ryo Yamaguchi(Department of Biological Sciences, Tokyo Metropolitan University)

 種多様性のグローバルなパターンは、緯度勾配や種数面積関係など幅広い生物群に共通している。例えば、海洋島が集まる場所で種多様性が高いのは、各島が独自の進化を促すためであり、群島効果として知られている。一方で、群島内でも多様化した分類群とそうでない分類群が存在し、後者の多様性が低い分類群は残念ながら研究対象とされることが少ない。このように同じ環境で多様性に差が生まれるのは興味深いが、その要因を説明する統一的な理論は存在せず、新種の形成(種分化)速度を軸とした生物多様性の理解が不可欠である。

 そこで私は数理モデルを用いて、集団の地理的隔離と変異の蓄積という全生物に共通するシンプルな仮定から、自然界の隠れた種分化パターンの研究を展開してきた。まず、種の形成速度を決定するのは、種分化までに要する時間と、次の種分化の起点となる新集団の定着までに要する時間であることに着目した。この2つの時間は集団間の移住率について相反する関係にある。例えば、低い移住率は分化を促進するが、移住個体が少ないことで新集団の定着までに時間を要する。つまり移住率が中間の値をとる時、2つの時間の和が小さくなることで最も効率よく種形成が継続される。本成果は、スズメ科の飛翔能力と種分化率の関係性など、中程度の分散能力を持つ分類群で種多様性が最大であるという実証研究の結果をうまく説明している。

 次に、種分化のダイナミクスの中に「種の境界」を求め、現状の生態学や分類学に応用できないかを考えた。変異の蓄積に伴って集団間の交配成功確率が減少する過程をモデル化した結果、分化の程度は変異と遺伝子流動のバランスで決定される動的平衡に至ったのち、急速な種分化に至るという挙動を発見した。それは「種分化の復帰不能点(閾値)」がダイナミクスの中に存在し、これを超えると交雑が起こっても種分化は進み続けることを意味する。つまり、変異の蓄積による連続的な進化の中に離散的な種を生み出す境界が潜むことを提唱した。現在、野外動物を対象に「種分化の復帰不能点」にあたる遺伝的分化度(FST)を推定する研究が展開されている。

 以上のように、誰もが信じて疑わない仮定から意外なコンセプトを提示し、野外データによる検証を行うことは、生物多様性の新たな理解への糸口となる。本講演では演者のこれまでの研究を例に挙げながら、種分化理論の魅力を紹介したい。


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