| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨
ESJ67 Abstract


一般講演(ポスター発表) P1-PD-483  (Poster presentation)

森林景観の変化が森林昆虫の遺伝的多様性に及ぼす影響-ブナ林棲昆虫を対象に
Effects of changes in beech forest landscape on genetic diversity of insects

*上木岳, 東城幸治(信州大学理学部)
*Gaku UEKI, Koji TOJO(Shinshu Univ.)

本研究では,ブナ林に強く依存する「ハビタット・スペシャリスト種」のヒメオオクワガタDorcus montivagusと,ブナ林のほかにも幅広い広葉樹林に生息できる「ハビタット・ジェネラリスト種」のアカアシクワガタDorcus rubrofemoratus の近縁2種を対象に,第四紀の気候変動によるブナ林の分布変遷が,両種の遺伝的多様性に与えた影響を評価する.分子系統解析より,ヒメオオクワガタは(1)北海道・本州・四国の集団から構成される系統群,および(2)九州の集団から構成される系統群の2系統群が検出された.さらに,九州の系統群は北部と南部の2つのクレードに分化した.一方,アカアシクワガタでは日本国内での大きな遺伝的分化は検出されなかった.両種の遺伝的多様性は,ともに南西から北東にかけて低下した.また,生態ニッチモデル解析の結果,最終氷期最寒冷期(LGM)において,ヒメオオクワガタはおよそ北緯35度以南の日本海側沿岸部と中部地方太平洋側,紀伊半島,四国および九州内陸部に分布域が縮小・分断し,推定されるブナのレフュジアとも概ね一致した.一方,アカアシクワガタのLGMでの分布域は,ヒメオオクワガタのそれよりも広域かつ連続的であった.さらに,遺伝情報に基づく過去の集団動態の推定より,ヒメオオクワガタ広域分布系統およびアカアシクワガタでは近年の北方への集団拡大が支持された.これらの結果から,東北日本ではLGMにおいて,ブナを含む温帯林の北上にともないクワガタムシ2種も分布域を北方へと拡大したと予想される.一方,西南日本ではブナ林のほとんどが内陸の高標高地へ移動するだけで,分布を北東方向へは拡大できず,ヒメオオクワガタは山地帯上部にのみ隔離遺存的に分布したため遺伝的分化が促進されたと考えられる.対して,アカアシクワガタではLGM後の西南日本においても幅広い標高帯に棲息することができ,移動分散スケールが広域的であったために,遺伝的分化には至らなかったと考えられる.


日本生態学会