| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨
ESJ67 Abstract


第18回 日本生態学会賞/The 18th ESJ Award

山の上で考えた生態学
Ecology thinking on the top of mountains

工藤 岳(北海道大学地球環境科学研究院)
Gaku Kudo (Faculty of Environmental Earth Science, Hokkaido University)

 多雪地域にある高山地域は、複雑な山岳地形と豊富な積雪の作用により、様々な生育環境が時空間的に生み出される動的な生態系である。そこでは局所スケールで多様な生物群集がモザイク状に存在し、雪解け時期の違いを反映した複雑な季節性が形成されている。生態学的にユニークな特徴を持つ高山生態系に魅了され、30年以上に渡って大雪山の高山帯に通い、研究を続けてきた。
 高山生態系は、ほとんど積雪のない吹きさらしの場所に現れる「風衝地環境」と、雪が吹きだまり遅くまで雪渓が残る「雪田環境」を両極とする構成要素からできている。風衝地から雪田にかけて形成される「雪解け傾度」に沿って、高山植物は種特異的な分布パターンを示し、その季節特性(フェノロジー)も連続的に変化していく。このような種の分布様式と明瞭な季節性は高山生態系の基本的構造であり、それ自体が多様な生態機能を有している。例えば、雪解けの遅れに伴う生育期間の短縮は、植物の光合成機能に影響し、群集内の常緑種と落葉種の比率変化や、葉寿命などの個葉特性の可塑的変化を引き起こす。雪解け時期の異なる個体群間の開花期の違いは、送粉昆虫の季節性を介して種子生産の違いをもたらす。その結果、隣接する個体群間で異なる開花特性が進化する場合もある。種子食害昆虫の季節性を反映した食害圧の違いは、植物個体群間で異なる性表現進化を引き起こしていた。また、雪解け傾度に沿った緩やかな開花期の推移は、花粉散布を介した一方向的な遺伝子流動を作りだし、メタ個体群構造の形成に寄与していた。近縁種間の交雑によりF1雑種からなる大規模な交雑帯が形成されることも判明した。高山生態系は、局所的な雪解け傾度の存在が強い選択圧として作用し、生活史特性の局所的進化や、種間相互作用が変化する様をつぶさに研究できる、魅力的な研究サイトである。
 長期モニタリングにより、気候変動の生態系インパクトについても明らかになりつつある。これまでに、温暖化に伴うササの増加と湿生お花畑の縮小、開花シーズンの短縮、マルハナバチと高山植物の開花期とのフェノロジカルミスマッチ、霜害リスクの増大などの影響が見いだされた。高地に隔離された高山生態系は、自然生態系としてのユニークさに加え、気候変動生物学や季節適応研究のモデル生態系としても多くのポテンシャルを秘めている。


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