| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


一般講演(ポスター発表) P1-316  (Poster presentation)

樹木における体細胞変異の蓄積と拡がりのシミュレーションモデル
A simulation model for accumulation and expansion of somatic mutation in long lived trees

*富本創, 佐竹暁子(九州大学)
*Sou TOMIMOTO, Akiko SATAKE(Kyushu University)

 長い寿命をもつ樹木では生長に伴い、体細胞変異が生じ蓄積されてゆく。さらに樹形構造を持つことから、後天的に生じた変異によって、同じ個体内でも枝間で異なるゲノムをもつ可能性がある。また生殖細胞系列が体細胞から分かれていないため、分裂組織に生じた変異は次世代に受け継がれうる。体細胞変異による個体内のゲノム多様性は樹木の生態や進化に対し様々な影響を及ぼすと考えらており、食害や病原菌への耐性にも貢献している可能性が指摘されてきた。
 近年、遺伝子解析技術の進歩とともに、樹木個体内で生じた変異の測定が可能になった。しかし樹木の生長において生じた突然変異が、どのように個体内に蓄積し分布を拡大するのか、その過程は未知のままである。本研究ではシミュレーションモデルを用いて、体細胞変異が生じ、蓄積して拡がっていく過程を再現した。
 モデル化にあたり樹木の成長を「伸長」と「分枝」の2過程に区別した。伸長は頂端分裂組織の幹細胞が細胞分裂を繰り返すことで枝が伸長する過程であり、分枝は頂芽の幹細胞集団から新しい腋芽の幹細胞集団が生み出される過程である。本モデルでは異なる成長メカニズムi)伸長での幹細胞集団に働く浮動の有無、ii)分枝での腋芽となる幹細胞の選ばれ方の偏りの有無、に注目して、伸長・分枝のメカニズムが体細胞変異の蓄積・拡大に与える影響を調べた。
 シミュレーション結果から伸長の過程における確率的な浮動が、変異の蓄積・拡大へより大きな影響を及ぼすことが示唆された。さらに分裂組織の幹細胞集団は異質であることが多く、実験的には検出が困難なほど低頻度な変異が数多く存在していることを示した。また、実際の樹木から得られた変異のデータとシミュレーションを比較し、樹木の成長メカニズムを考察した。本モデルは、体細胞変異の挙動を細胞レベルから包括的に表したことで、樹木での体細胞変異の影響について様々な視点からの議論を可能にする。


日本生態学会