| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


一般講演(口頭発表) D04-01  (Oral presentation)

北日本におけるブナの逃避地の検出:植食性昆虫の遺伝マーカーを利用して
Refugia of Fagus crenata in northern Japan detected by genetic markers of phytophagous insect

*紀藤典夫, 有櫛誠人, 圓子海斗, 樽井悠(北海道教育大学)
*Norio KITO, Masato ARIKUSHI, Kaito MARUKO, Yu TARUI(Hokkaido Univ.  Education)

 生物は第四紀の氷期・間氷期の気候変動に応答して,分布域を変えながら現在の分布域の形成に至っている.日本の冷温帯を代表する樹種ブナの地史的変遷は,花粉分析や遺伝情報を用いて研究されてきた.最終氷期には,東北地方・北海道からは花粉化石は極めてわずかしか検出されないが,遺伝マーカーからは津軽海峡を境に差異を検出した研究もある.しかし,樹木の遺伝情報は変異速度が遅く,逃避地の存在を十分確証するには至っていない.本研究では,樹木よりも変異速度の速い昆虫の遺伝マーカーを利用して,東北地方北部および北海道に逃避地が存在したかどうかを検討した.本発表は,その予察的な報告である.
 サンプルに用いたブナカイガラタマバエは,短命で移動能力に乏しく,ブナのみに寄生するタマバエ科の昆虫である.サンプルは北海道南部(奥尻島を含む)の39地点,青森県・秋田県北部の34地点から採取し,92個体を分析した.サンプルは虫えい中の幼虫または蛹を用い,ミトコンドリアDNAのCOI領域をシーケンシングし変異を検出した.その結果,652bpのシーケンスが得られ,25ハプロタイプを検出した.
 これらのハプロタイプのうち,7つは東北地方に固有のハプロタイプで,13は北海道に固有のハプロタイプ,5つは両地域から検出されるハプロタイプであった.北海道に固有のハプロタイプのうちの11は1つのクラスターを形成する.また,奥尻島から検出されたハプロタイプは,北海道のクラスターの一部を構成するが,今のところ奥尻島に固有の変異を共有する.北海道・東北地方においてそれぞれに固有のハプロタイプが分布し,多様性も高いことから,完新世以降に東北地方以南から移動・拡散したとは考えにくい.したがって,東北地方北部および北海道に氷期の期間中もブナカイガラタマバエの逃避地が存在した可能性が高く,ブナも存在した可能性が高いと考える.


日本生態学会