| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


一般講演(口頭発表) H03-05  (Oral presentation)

食物網におけるサンプリング理論と種個体数分布 【B】
Sampling Theory and Species Abundance Distribution in Food Web 【B】

*時田恵一郎(時田恵一郎)
*Kei TOKITA(Kei Tokita)

様々な生態系における各生物種の個体数の分布を調べると,特徴的な種多様性のパターン(種個体数分布:SADや種数面積関係:SARなど)が普遍的に観測される。それらを特徴づけるメカニズムの解明は,「前世紀の生態学が残した未解明問題」のひとつとされ,生物多様性の保全や持続に資することが期待されている。これまでに,現実的な多種個体群進化ダイナミクスにもとづく,SADやSARの各種パラメータ依存性が理論的に調べられてきた。Hubbellは集団遺伝学における中立理論をマクロな生態群集に適用・拡張した中立モデルを提案し,集団遺伝学における確率過程(合祖過程)の理論やマスター方程式などの非平衡統計力学的手法が用いられた結果,「ゼロサム多項分布」と呼ばれるSADの厳密解が得られている。中立モデルは同じニッチを奪い合う競争的な群集のみに適用可能だが,我々はスピングラス理論などのランダム系の統計力学の方法を多種個体群進化ダイナミクスの方程式(レプリケーター方程式)に適用し,競争だけでなく,捕食関係や相利共生関係なども含む複雑な生態ネットワークにおけるSADの各種パラメータ依存性(系の生産性,種間相互作用の対称性や次数,資源の分布や時間変動など)を解析的に明らかにしてきた。ここでは,そのようなランダム群集モデルのうち,特に種間相互作用行列が完全反対称の場合,すなわち食物網型の生態ネットワークモデルを考える。ベースとなるモデルは,Edward Kernerが提案した食物網型多種ロトカ・ボルテラ方程式系である。これを食物網型ランダム相互作用多種レプリケーター方程式系へと拡張し,メタ群集との間にエネルギーや個体の移動がある場合に,局所群集のSADに対するサンプリング公式を導いた。完全反対称ランダム相互作用をもつレプリケーター方程式系の個体群動態は一般にカオス的であり,本研究はそのような複雑な個体群動態を示す食物網モデルのSADを解析的に導いた最初の例であるといえる。


日本生態学会