| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


シンポジウム S14-2  (Presentation in Symposium)

菌類の菌糸体に見られる記憶と決断
Memory and decision in fungal mycelia

*Yu FUKASAWA(Tohoku University)

菌類は、細長い細胞が連なった菌糸からなる通導組織がネットワーク状に連絡した菌糸体を森林の土壌と落葉層の間に発達させる。この菌糸体ネットワークは、数mから数百mの規模で巨大化することもあり、また物質の輸送に優れているため、森林土壌における物質や水分の移動に重要な役割を果たしていると考えられる。菌糸体ネットワークは環境条件に応じて形態を変化させながら資源の探索を行う。菌糸体の生長における環境応答を調べた研究は多いが、それを「行動」として捉え菌糸体の知性を検証した研究例は少ない。本発表では、1本の菌糸レベルから多数の菌糸が集まった菌糸体レベルまで、行動に見られる記憶や決断、それらに基づく問題解決能力について、研究例を紹介する。1本の菌糸レベルでは、先端生長に方向の記憶があることが知られている。また、ストレスに対する順化が知られており、これも記憶と言える。菌糸先端に生長方向の記憶があることで、菌糸体が迷路を解く時間が早まることがシミュレーションから示されている。菌糸体レベルで行われる資源探索においては、新たな資源の存在や撹乱に関する記憶と、それに基づいた行動の改変(決断)が報告されている。例えば、新たに発見した資源が現在保持している資源よりも大きいと、菌糸体は新しい資源に完全に移動するが、新たな資源が小さいと完全には移動しない。また、放射状に生長する菌糸体のうち一定の方向に繰り返し撹乱を受けた場合は、その方向への生長を中止し、他の方向への生長を卓越させる。行動の決断には、菌糸体の栄養状態も影響する。長期間資源を与えられず飢餓状態になった菌糸体は、資源を与えられて間もない菌糸体に比べ、新たな資源へ移動しやすい傾向にあった。このように菌糸体は脳や神経系を持たないにも関わらず知性のある行動をとることができる。そのメカニズムを明らかにすることは、さまざまな分野への応用に役立つだろう。


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