| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨
ESJ70 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-004  (Poster presentation)

イワナ個体群における種苗放流の影響-MIG-seqによる放流個体の判別-
Impact of stocking on the native population of white-spotted charr -Distinction of hatchery reared individuals by MIG seq-

*増田太郎(摂南大学), 下野嘉子(京都大学), 岸大弼(岐阜県水産研究所), 小泉逸郎(北海道大学)
*Taro MASUDA(Setsunan Univ.), Yoshiko SHIMONO(Kyoto Univ.), Daisuke KISHI(Gifu Pref. Res. Inst.), Itsuro KOIZUMI(Hokkaido Univ.)

生物の分布域と地理的遺伝構造は、その生物の分散能力に大きく依存する。河川源流域の魚類の場合、その分布は分散を妨げる地理的および人造の障壁によっても制限され、それに対応した遺伝的分化が見られる。このような本来の分布・分散過程は、人為的な生物の移入によって大きな影響を受けると考えられる。本研究では、人為的な移入の一形態である「放流」が在来個体群に及ぼす影響を評価するため、河川源流部に棲息するイワナ (Salvelinus leucomaenis)をモデルに、在来および移入個体の判別を試みた。
 イワナには漁業権が設定されており、その種苗放流は各地の漁業協同組合が担っている。研究対象とした滋賀県内の河川におけるイワナ放流種苗は、1か所の養魚施設由来のものが用いられている。県内外の河川源流域および放流種苗の脂鰭よりゲノムDNAを採取し、MIG-seqによる遺伝構造解析を行った。また、県内河川への養殖種苗放流状況について、管轄の漁業協同組合への聞き取りを行った。
 本州中西部のイワナ在来個体群について、日本海、太平洋、琵琶湖への流入河川に棲息するグループ間で明確な遺伝構造が確認された。琵琶湖流入河川を擁する滋賀県で放流種苗として用いられている醒井種苗は、主として日本海型の遺伝的背景を持ち、僅かに琵琶湖型遺伝構造を併せ持つ混合型であった。琵琶湖流入河川と放流種苗に対するSTRUCTURE解析の結果、両者は明確に個別のクラスターに分けられ、在来個体群と放流種苗の遺伝的な区別が可能となった。放流が行われた区間では、在来個体群と放流種苗の間での交雑が確認された一方、滝・砂防ダムなどの天然・人工構造物が放流区間からの上流方向への遺伝子流入を妨げ、源流域では在来個体群が温存されていることが明らかとなった。本研究手法により、放流種苗の定着、在来個体群との交雑についての情報が得られ、在来個体群の保全と適切な放流事業に対する指針を与え得る。


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