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一般講演 P3-191

自然集団の表現型可塑性に隠された変異はあるか?

*山口正樹,工藤洋(神戸大・理)

自然選択による進化には集団内の遺伝的変異が必須であるが、自然選択が働くためにはその遺伝的変異が表現型に現れる必要がある。生物集団はストレス下で現れる「隠された変異」を保有している場合があり、そのメカニズムとして、分子シャペロンの働きが注目されている。分子シャペロンには、塩基配列上の変異がタンパク質の高次構造の変化に現れるのを抑制し、表現型には現れない「隠された」変異を蓄積する効果がある。細胞内に最も豊富に含まれる分子シャペロンの1つであるHSP90の働きを阻害すると、隠されていた遺伝的変異が表現型として現れることがシロイヌナズナの研究で報告されている。「隠された」変異遺伝子による表現型変異を調べることで、集団における潜在的な進化の可能性を推測し、分子シャペロンと進化の関わりの一端を明らかにすることができる。

シロイヌナズナ属のミヤマハタザオとタチスズシロソウは、亜種に分類される互いに近縁な植物であるが、それぞれ高山と低地の砂浜という対照的な生育地に分布する。そこで本研究では、実生定着に重要な形質である暗黒条件での胚軸伸長反応に着目し、HSP90阻害剤を用いて、隠された変異を比較した。発芽時に高温ストレス下にあるタチスズシロソウでは、隠された変異が表現型に現れ、自然選択が働くと予想されるので、HSP90阻害をしたときの表現型応答が亜種間で異なると考えられる。実験の結果、ミヤマハタザオはタチスズシロソウに比べてHSP90 阻害に対する胚軸長の短縮が大きいこと、「隠された」表現型変異は亜種間で差がないことが示された。このことは、「隠された」遺伝変異が胚軸伸長を抑える働きをしている可能性を示唆している。この仮説を検証するために、今後、HSP90阻害の影響が強い系統と弱い系統を掛け合わせ、子孫のHSP90阻害への反応を調べる必要がある。

日本生態学会