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公募シンポジウム講演 S07-4

アワビ類の初期生態と個体数変動

河村知彦(東大・海洋研)

アワビ類は雌雄異体であり放卵放精型の繁殖を行うため、受精を成功させるためには雌雄が放卵・放精を同期させる必要がある。エゾアワビやトコブシでは個体群内の放卵・放精が、台風など低気圧の通過あるいはそれに伴う時化に誘発されて一斉に起こることがわかっている。アワビ類の受精卵は約1日で孵化して浮遊幼生となる。浮遊幼生は繊毛で遊泳し鉛直的な移動を行うが、その移動能力は限られており、基本的には海流に流されて分散すると考えられる。浮遊幼生は摂餌を行わず、親由来の卵黄を栄養源としている。数日中に基質への着底・変態が可能となるが、好適な着底基質に遭遇できない場合には浮遊期間を延長することができる。エゾアワビの場合、少なくとも2週間程度は変態能力を失わずに浮遊可能であり、変態後に十分な餌料が保証されれば、変態の遅れは成長速度や生残率に影響を及ぼさない。浮遊可能な期間は卵黄の量や質によって変化するが、少なくとも能力的には、浮遊幼生は親個体からかなり離れた場所に運ばれて着底する可能性がある。しかし、実際の幼生の分散範囲については、野外での観察例が少なく、幼生の由来を特定する手法も確立されていないため、まだよくわかっていない。浮遊幼生の着底・変態は、特定の藻類などに含まれる化学的因子により誘起される。これまで調べられた世界中の全てのアワビ類について、天然環境下では殻状紅藻類の無節サンゴモに選択的に着底することが知られている。無節サンゴモが幼生の着底・変態を誘起する物質を出すと考えられているが、その物質は未だ完全には特定されていない。無節サンゴモ上には、着底直後から少なくとも殻長数mmまでのアワビ類にとって好適な餌料環境が保証されており、浮遊幼生が無節サンゴモ上に選択的に着底・変態することは彼らが生き残るための重要な戦略と考えられる。

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