| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


一般講演(口頭発表) H2-09

泥炭地の炭素循環と気候変動:変化のメカニズムの解明

伊勢武史,Paul R. Moorcroft(ハーバード大学)

泥炭地に蓄えられている土壌炭素は、全球規模の炭素循環の重要な要素のひとつである。泥炭の蓄積と土壌の物理的変化にはフィードバックがあり、それが蓄積される泥炭の量と動態に大きな影響を与えていることは、以前から知られていた。つまり、泥炭の蓄積は土壌水分量を増大させ夏季の土壌温度を低下させるため、土壌炭素の分解速度は遅くなり、さらなる泥炭の蓄積を促すのである。この研究では、土壌炭素の循環と土壌物理条件というふたつのプロセスをカップリングすることで、それらの相互作用をモデル内で再現した。このモデルは30分ごとの気象観測データに基づき土壌の物理状態をシミュレートし、土壌炭素の分解速度を土壌水分量・土壌温度に基づき決定する。そして土壌炭素量に応じて土壌の深さが変わる。この計算を数千年間継続することで、その間の泥炭の蓄積の過程とフィードバックを明示的に再現した。モデルの結果はカナダ・マニトバ州の二種類の泥炭地と比較され、土壌物理の季節変動と長期的な泥炭の蓄積量について、妥当性が確認された。さらにこのモデルを使い、気候変動が泥炭地に及ぼす影響をシミュレーションした。大気大循環モデルHadCM3 Sres A2の出力結果に基づく今世紀中の気候変動の結果、マニトバ州の泥炭地から10%の土壌炭素が失われた。摂氏4度の気温上昇で気候が長期的に安定すると仮定した場合は、数百年間で合計40%の土壌炭素が失われ、新たな平衡状態に達した。土壌温度の上昇の直接の影響だけでなく、土壌水位の低下が土壌炭素の分解を促進することも判明した。気候変動のもたらす変化は泥炭内のフィードバックによって増幅されるため、泥炭の分解がさらに気候変動を加速することが懸念される。

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