| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


一般講演(ポスター発表) P2-099

栗駒山須川湖周辺における最終氷期以降の植生変遷

*池田重人,岡本透,志知幸治(森林総研),若松伸彦(東京農大)

栗駒山に生育するオオシラビソの変遷を明らかにするために、現在の分布地である秣岳の北東麓にある湿原で泥炭堆積物を採取して花粉分析をおこなった。演者らのこれまでの研究により、秣岳のオオシラビソは完新世中期にはわずかずつ点在して生育していたが、約1000年前以降になって勢力をやや拡大したと推定している。ここでは、それ以前の変遷を明らかにすることを目的として分析をおこなった。試料採取地は、通称「ツンドラ湿原」あるいは単に「泥炭地」とも呼ばれ、ウカミカマゴケ遺体からなる泥炭が厚く堆積した小湿原である。ここは、かつて褐鉄鉱と泥炭を採取するために北西部が大きく採掘され、南東部に残された泥炭地との境界が露頭となっている。この露頭表面を削り、深さ約3mまでの試料を採取した。この湿原泥炭の年代は、深さ2m付近で1万年前前後、3m付近で約1万5千年前という値が示されており(鈴木・菊池 1973)、最終氷期後期に達する試料と考えられる。湿原は標高1080m付近の山地帯上部にあり、周囲はブナ等の落葉広葉樹が広く生育している。泥炭中には数枚のテフラ層が挟まれているが、まだ特定はできていない。花粉分析の結果、最下部から表層部まで、落葉広葉樹種とくにブナ属が優勢で、コナラ亜属やカバノキ属などが随伴していた。スギ属花粉がやや多く検出される時代はあるものの、亜寒帯針葉樹の花粉はどの層準からもほとんど検出されなかった。このことから、深さ3mまでの層準では、この湿原周辺では亜寒帯針葉樹林が成立していたことはなく、ブナ等の落葉広葉樹林におおわれていたと推定された。花粉組成からみると、そのほかにも寒冷な時代を指標するような兆候は見あたらず、文献による推定年代値との関係で疑問が残された。今後、さらに深い層位までの花粉分析や新たな年代測定をおこなって検討していきたい。

日本生態学会