| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


シンポジウム S11-2

イノシシ被害対策の歴史(シシ垣)とGPSテレメトリーからみた近年の被害地におけるイノシシの動向

高橋春成(奈良大・文・地理)

イノシシの生息地と人間の居住域が重なり合ってきたことは、世界各地で共通にみられる様相で、狩猟や耕作地への侵入と防除を通して、両者は強く関わってきた。イノシシがイモ類、イネ、雑穀などの農作物を好む雑食性の動物であること、スカベンジャーとしての行動特性をもつことは、我国でも両者の接近をいやがおうにも生じさせ、イノシシの侵入を繰り返し受けてきた人々は対応に追われてきた。我国には、各地にシシ垣の遺構が残っている。シシ垣は、イノシシやシカなどが田畑に侵入してこないように築かれた石積みや土盛りなどである。伝統的な農村社会では、人々は農作業、灌漑水路や農道の補修、害虫や害鳥獣の防除、水害・土石流対策などを協力し合って行ってきたし、近世は藩からの下賜もあった。当時は、「集落と耕作地(里地)」、「里山」、「奥山」といった圏構造が比較的明確であった。このような圏構造の中にあって、シシ垣は前2者の間を物理的に画する構造物であった。人間の居住域に接近するイノシシの侵入を阻止するのに、このようなシシ垣は比較的有効な手段であった。ところが近年、イノシシの里地への侵入が多発し、それに伴ってイネを中心に農業被害が深刻となっている。この被害の背景を知るため、数頭のイノシシにGPSを装着しテレメトリ調査を行った。調査地は滋賀県の中山間地である。当地のイネの栽培は4月下旬の代掻きに始まり、8月下旬から9月上旬に収穫期をむかえるが、イノシシの被害は、代掻き時の畦の踏み付けや掘り返しから収穫期まで継続して発生している。GPSテレメトリ結果から、イノシシは放置竹林や耕作放棄地を集中的に利用していることが判った。高齢化、兼業化、米の生産調整、竹林の利用低下、河川敷や堤防の利用低下などによって、近年、里地や里地と里山の境界付近にイノシシの生息適地が多くなっていることが被害の背景として指摘されよう。

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