| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 1

花の進化を花序の機能から読み解く

石井博 (東京大学大学院農学生命科学研究科)

花は言うまでもなく、植物にとって繁殖のためのモジュール(基本単位)である。しかし、シュートの中の個葉が互いに独立でないのと同様に、いやそれ以上に、花序の中の個花は互いに独立ではない。つまり、個花をとりまく送受粉環境は、花序内の他の花の存在に影響を受ける(=花間相互作用)。特に花粉の媒介を動物(ポリネーター)に依存する植物においては、比較的古くからポリネーターの行動を介した花間相互作用が知られている。すなわち、複数の花がまとまって咲くことによるポリネーター誘引力の増大、株内の花間自家受粉(隣花受粉)の増加、局所的配偶者競争の激化、ポリネーターの花序内訪花経路によって生じる個花間の送受粉環境の違い、である。

 こうした花間相互作用は、その植物繁殖への影響力の強さゆえ、花や花序に対する自然選択に大きな影響を与えてきたことが予想される。しかしこれまでのところ、花間相互作用が原因とされる植物の形質進化に関しては、花序や花の性表現に関するものを除けば、限られた研究例しかない。また、多様性に富む花や花序の形質(花序形態など)が、花間相互作用のあり方にどう影響するかを知ることは、多様な花や花序が進化してきた背景を知る上で極めて重要であるにも関わらず、そのような視点の研究もほとんど行われていない。さらに、これまで誰にも気がつかれなかった花間相互作用がまだ隠れているならば、これを明らかにすることは送粉生態学への大きな貢献となるだろう。

そこで本講演では、1) まず、私自身が行ってきたいくつかの野外調査研究を題材に、花間相互作用が、個花の様々な形質の進化(寿命、性分配、大きさetc.)に影響を及ぼしていることを示したい。2) 次に、人工花序を用いた研究から、「花序形態」「蜜分布様式」「花序サイズ」などの様々な要因の組み合わせが、花間相互作用のあり方にどのような影響を与えうるのか提示したい。3) 最後に、これまで誰にも気がつかれてこなかった、新たな花間相互作用の可能性(=複数の花がまとまって咲くことによるポリネーターの定花性*の強化)についても触れたい。これらの研究を肴に、新たな側面から花形質の進化にポリネーターが果たす役割について論じることができれば幸いである。

*定花性=個々のポリネーターが連続して同じ種類の植物を訪問する性質 

参照:石井博2006ポリネーターの定花性 日本生態学会誌56: 230-239

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