| 要旨トップ | 日本生態学会全国大会 ESJ55 講演要旨


大島賞受賞記念講演 2

種子散布をめぐる植物−動物の相互作用とその年変動

正木隆(森林総合研究所 森林植生研究領域)

温帯林における脊椎動物とくに鳥類による種子散布の研究は、主に地中海沿岸(スペイン、イスラエル等)や北米でおこなわれてきた。それをリードしてきたのはHerrera、Jordano、Willson、Thompsonらである。長年の研究の蓄積により彼の地では、個々の果実種と個々の鳥類の依存関係、果実食鳥の密度の長期年変動、果実の糖類組成(五糖類か、六糖類等)、化学組成(タンニンやカプサイシンの量)など、動物の種子散布に関連する基礎的なデータが厚く蓄積されている。しかし、日本にはこういった研究の蓄積が乏しい、というより、ないといっても過言ではない。この分野については完全に立ち遅れている。

動物による種子散布は、2つの段階からなりたっている。第1に、動物が果実を枝からはずして種子ごと飲み込む段階(removal)、第2に、動物が呑み込んだ種子を元の木から離れた場所に落とす段階である(dispersal)。実は、上に述べた欧米温帯林での先行研究では、主に第1の段階に焦点があてられてきた。その一方で、第2の段階については意外と研究事例が少ない。その一因は、果実を食べた後の鳥の行動を、最後まで追跡することが難しいことにある。事実、今までの研究事例は鳥の行動を目で追いやすい低木疎林でおこなわれている。しかし、それをもって森林における鳥による種子散布の一般的な結論とすることができるはずもない。後発の日本としては、第1の段階のデータの蓄積を急ぐとともに、研究の遅れている第2の段階では、むしろ欧米をリードすることも狙いたい。

演者が1987年以来かかわってきた小川群落保護林では、広域に規則的に配置された種子トラップにより、動物が落とした種子の分布データを得ることができる。そしてそれがどうにか20年近く継続されている。その結果、たとえばミズキの種子散布に関しては、種子の分布のパターンが予想以上に年変動することが明らかになりつつある。また、そのパターンをサクラ類のそれと比較して、予想とは異なる結果が得られたこともある。この講演では主に、小川群落保護林における20年間の継続研究でわかったこと、およびこれから解明すべきことについて、考えてみたい。

日本生態学会