| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨


一般講演(口頭発表) G2-05

葉緑体DNAを用いた絶滅危惧植物ハナノキの空間遺伝構造の解明

*佐伯いく代, 村上哲明(首都大・牧野)

ハナノキ(Acer pycnanthum)は日本固有のカエデ科の木本植物で、本州中部地方の特異な低湿地に自生する絶滅危惧種(VU)である。本種は希少かつ美しい樹木であることから本地域における湿地保全活動の象徴的な存在である。またその生育地は植物相が豊かで、かつ他の希少種が多く出現することから、多様性のホットスポットの指標種としても注目されている。しかし、本種について分布域を網羅した遺伝的な情報は把握されておらず、地理的変異の程度やそれをふまえた保全活動のあり方についての知見が乏しい。そこで本研究では、葉緑体DNAの遺伝情報を用いてハナノキの遺伝的多様性と空間遺伝構造を明らかにすることを目的とした。長野・愛知・岐阜の3県に分布する生育地30ヶ所から400個体の葉のサンプルを採集し、葉緑体DNAの遺伝子間領域の塩基配列(約1600bp)を解析した。その結果、9種類のハプロタイプが検出され、それらには地理的な構造がみとめられた。具体的には、分布域の北側と南側に比較的頻度の高いハプロタイプが出現し、それに挟まれるようにして残りのハプロタイプが分布していた。ハナノキの分布域は、南北に走る山脈によって東西二つの地域に分断されている。しかし、ハプロタイプの分布はその景観構造を強く反映するものではなかった。次に、サンプルサイズの大きい19の集団を対象にGST(遺伝子分化係数)を求めたところ、0.83と高い値を示した。これはおそらく、ハナノキの種子の移動が生育地周辺の微地形などによって制限され、各集団が遺伝的に大きく分化していることを示唆している。最後に北米の近縁種2種と比較した結果、ハナノキはこれらとは遺伝的に大きく異なることが明らかにされた。以上から、ハナノキはその分布域がせまいにもかかわらず明瞭な遺伝構造を有しており、今後、それを考慮した保全方策を検討する必要があると結論づけた。


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