| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年4月,東京) 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 1

何が食物網構造を決めるのか?:生産性、生態系サイズ、歴史性

土居秀幸(Carl-von-Ossietzky University Oldenburg)

”何が食物網構造を決めるのか?”という問いは、食物連鎖を提唱したCharles S. Eltonに始まり、すでに80年以上にわたり生態学の一大命題として議論されている。なぜなら、食物網は群集動態や物質循環を駆動する相互作用の枠組みとして重要であり、その決定機構を解明することは、生態学で議論される多くの現象を解明する鍵となるからである。なかでも、Eltonが提唱した”食物連鎖長(生産者から最上位捕食者までの栄養段階の数)”は、食物網構造を検討するのによく用いられており、その長短を説明する多くの仮説が提唱され、その実証が試みられてきた。近年では、生産性仮説、生態系サイズ仮説、それらが共役的に作用する生産的空間仮説の3仮説が注目されており、野外研究から生態系サイズ仮説は食物連鎖長の決定要因として強く支持されるが、生産性を考慮した仮説は重要ではないと考えられてきた。

しかし、演者らが、今まで検証されていなかった生態系サイズの小さい系としてため池を選び、その食物連鎖長を推定したところ、3つの仮説の中では生産的空間仮説がもっとも強く支持された。また、河川での食物連鎖長のデータを再解析したところ、河川においても生産的空間仮説が強く支持されることがわかった。このように、ため池、河川などの小さい生態系サイズを持つ系では、生態系の総生産量(生産量×生態系サイズ)が律速しやすく、生産性と生態系サイズが共に食物連鎖長を決める重要な要因であると考えられた。

食物網を構成する生物種の適応・進化などの歴史的な要因も、食物連鎖長を決めているかもしれない。そこで、演者らは、世界中の湖沼から、100万年以上の歴史を持つ古代湖と約1万年以下の歴史を持つ湖・ダム湖を選び、その食物連鎖長を比較した。その結果、古代湖では食物連鎖長が短くなることが明らかとなった。生態系の長い歴史による生物の適応・進化が、固有種の出現、ギルド内捕食の増加、適応的捕食の進化などを引き起こし、食物連鎖長を短くしたと考えられた。このことから、”歴史的な要因が食物網構造を決定する究極的な要因になっている”という新たな仮説を提唱する。

現在のところ、未だに、”何が食物網構造を決めるのか?”という問いに明確に答えられる統一的な理論は見いだされていない。しかし、このような成果が蓄積されることによって、統一的な食物網理論の構築に今一歩近づきつつある。

日本生態学会