| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第57回全国大会 (2010年4月,東京) 講演要旨


宮地賞受賞記念講演 3

体内共生細菌がカメムシ類の生態・行動・進化に与える影響

細川貴弘(産業技術総合研究所・ゲノムファクトリー研究部門)

昆虫類は多様な食性を進化させており、含有栄養分が極端に偏った食物に特化しているものも少なくない。そのような昆虫は一般的に体内共生微生物を保持しており、食物中に不足している必須栄養分の合成と供給を共生微生物に依存している。すなわち、昆虫類の食性の多様化において微生物との共生は極めて重要な役割をはたしてきたと言える。従来の研究はアブラムシ類やツェツェバエ類における細胞内共生細菌を中心におこなわれてきたが、演者は植食性カメムシ類における腸内(細胞外)共生細菌とこれまで研究されてきた細胞内共生細菌には多くの共通する特徴が見られることを発見し、これに注目して腸内共生細菌が宿主カメムシの生態・行動・進化に与える影響について研究を進めている。

カメムシ類の共生系が持つ独特の特徴は共生細菌の垂直伝播メカニズムにある。細胞内共生細菌の垂直伝播は宿主のメス親体内で起こるためライブで観察することは不可能である。ところが、カメムシ類の腸内共生細菌の垂直伝播はメス親が共生細菌を体外に排出し、それを子が経口摂取するという宿主の行動として観察することができる。演者がカメムシ類の共生系に注目した最大の理由は、この特徴を利用することで他の共生系では困難だった“共生細菌の伝播を操作する実験”が可能となるからである。その一例である共生細菌を宿主間で置き換える実験では、腸内共生細菌の遺伝子型が宿主カメムシの植物利用能力に影響を与えることを明らかにした。

また、宿主カメムシには腸内共生細菌を子に確実に伝播するための精巧かつ多様な行動が見られ、伝播という現象自体が行動生態学や進化生態学での魅力的な研究対象になりうる。たとえばマルカメムシ類では、産卵時にメス親が共生細菌を含むカプセルを卵のそばに産みつけ、孵化幼虫がこれを摂取する(下図)。孵化前にカプセルが脱落したり捕食されたりすると共生細菌が子に伝わらない可能性が考えられるが、野外調査と室内実験の結果からメス親は過剰な数のカプセルを産みつけておくことで高い垂直伝播率を保っていることが明らかになった。

本講演では上記の内容を概説し、今後の展望についてもお話したい。

左:マルカメムシの卵塊.矢印と矢頭はそれぞれ取り外した卵とカプセルを指している. 右:カプセルを吸うマルカメムシの孵化幼虫.

日本生態学会