| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


一般講演(口頭発表) F1-04

魚のにおい物質がミジンコ個体群に与えるコストとは?

*井上美幸, 花里孝幸 (信州大学山岳科学総合研究所)

ミジンコの仲間は水界生態系の食物網において重要な位置にあり、湖沼にふりそそぐ太陽エネルギーを、植物プランクトンからプランクトン食魚へ受け渡す、かけ橋の役割を担っている。そこには、捕食―被食の関係だけでなく、生物たちが水中に放出するにおい物質を介したコミュニケーションが存在する。

ミジンコの仲間には、魚のにおい物質を感知して、生活史特性を変化させるものがいる。その変化は、ミジンコ個体が、小さな仔虫をたくさん生むというもので、魚から見つかりにくくなるという利点があると考えられている。ところが、この生活史特性の変化に付随するコストは明らかにされていない。

そこで、ミジンコ ( Daphnia pulex ) が、魚のにおい物質に曝されたときの反応を実験的に解析した。まず、ミジンコ個体を2つの餌密度が異なる条件下で魚のにおい物質に曝し、小仔多産の戦略が見られるかどうか検証した。その結果、低餌密度条件下では、その戦略が見られなかった。ミジンコは、餌条件が異なると、魚のにおい物質への反応を変えることがわかった。一方、ミジンコを個体群で魚のにおい物質に曝すと、個体数はいったん増加するものの、その後、低密度で推移した。つまり、個体実験で算出された個体群増殖率に比べ、著しく増殖率が低下した。すなわち、魚のにおい物質に反応することに、個体群レベルでのコストが存在すると考えられる。

本実験で示されたように、ミジンコとプランクトン食魚の間には、捕食―被食の関係だけでなく、におい物質を介した関係がある。それによって、生態系全体のエネルギー転換効率が変化し、湖沼生態系の機能が左右されることが予見される。


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