| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


企画集会 T09-1

遺伝的基盤を有する行動シンドローム: 擬死行動と歩行活動性の遺伝相関

中山慧 (岡山大・進化生態)

生物における形質間の遺伝相関は、時に適応進化における足かせとして機能しうる (進化的制約)。したがって、互いに相関した形質は単独でというよりむしろ一つのパッケージとして扱われるべきである。捕食者に襲われた際に咄嗟に擬死(死に真似、不動)行動をする動物は分類群を問わず多く存在する。貯穀害虫として知られるコクヌストモドキ Tribolium castaneum もまた擬死行動を示し、本種では擬死継続時間に対する人為選抜により、擬死頻度が高く擬死時間の長いLong (L) 系統と擬死頻度が低く擬死時間が短いShort (S) 系統が確立されている。捕食者としてクモを用いた実験から、擬死をするL系統はS系統に比べて有意に高い確率で捕食を回避できることが判明している。一方で興味深いことに、擬死と歩行活動性には負の遺伝相関が存在することが選択に対する相関反応を調べた人為選抜実験の結果から明らかとなった。すなわち、L (or S) 系統では歩行活動性が低下 (or 増加) し、逆に歩行活動性が低く (or 高く) なる方向に選択をかけた別の系統では擬死をする傾向が強く(or 弱く) なった。そして、活動量の低下したL系統のオスは例え捕食者がいない状況であってもS系統のオスに比べてメスとの交尾成功 (交尾回数) が低いことが判明した。以上より、擬死による捕食回避成功と交尾成功には擬死行動と活動性の遺伝相関を介したトレードオフが存在することが示された。さらに、L系統では脳内のドーパミン (DA) 量がS系統よりも低く、加えてL系統にカフェイン(DA受容体を活性化)を与えると、擬死をあまりしなくなるだけでなく歩行活動量が増加した。これらの結果は擬死と歩行活動性に対してDAが多面的に作用していることを示すと同時に、DAの生合成や神経細胞間での受容と輸送に関わる遺伝子がこの遺伝相関を司っていることを示唆する。


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