| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


企画集会 T14-4

小笠原諸島における陸生貝類の種多様性パターンと景観の履歴

千葉聡(東北大・生命科学)

現在観察される種多様性のパターンは、現在の環境条件や種間相互作用だけによって作り出されているとは限らない。むしろ、過去の景観や環境条件を強く反映したものである可能性がある。この仮説を、小笠原諸島の陸産貝類に見られる種多様性の空間パターンを解析することにより検討した。小笠原では、戦前に森林が大規模に伐採され広域に耕作地が存在したが、1970年の段階で森林がほぼ回復し、その後大部分の島でほぼ全域にわたり森林が維持されてきた。このような歴史的背景から、小笠原は環境条件の歴史的な影響を理解する上で優れた自然の実験場である。解析の結果、母島の陸貝種数の空間パターンは、植生など現在の環境条件との関係よりもむしろ戦前の耕作地の分布と、より強い相関を示した。このことは、陸貝の種多様性のパターンは、森林が回復して以後40年以上が経過しても、依然として戦前の景観の影響を留めていることを示している。生息場所の喪失の影響は、生息場所の回復後も長期にわたり残ると考えられる。しかし、母島における種多様性のパターンの形成にはさらに複雑な要因が関わっていた。母島では1990年代初頭以降、陸生プラナリアの捕食により陸貝の絶滅が起きたが、この絶滅は特にプラナリアの密度が高い湿った高標高地で著しかった。またプラナリアが木に登らないため、この絶滅は地上性の種で特異的に起きた。この1990年代以降の局所的な絶滅のため、地上性種の種数と標高の関係は、正の相関から負の相関にシフトした。一方、樹上性種では正の相関が維持された。このように現在観察される種多様性のパターンは、異なる時代の環境条件によって作り出されたパターンのモザイクとなっている。以上のように、種多様性パターンの形成要因を推定する場合、歴史的な要因を考慮に入れる必要がある。


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